月へ唄う運命の唄
捧げよ。6
結論から言えば、囮として捕まり誘拐犯達のアジトへと潜入することには無事成功した。ダリルシェイドから数キロほど離れた山奥にある、恐らくは廃村であろう場所の中にある民家の一つ。アジトとして中を改装したと見られる、他の民家より少々大きめな屋敷だ。
しかし、妙だ。
・・・・・
静かすぎる。確かに沢山の子供達がここに捕まり幽閉されていた。けれど、不自然なほどに大人しすぎるのだ。
家に返してと懇願する様子もなければ、連れてきた見ず知らずの大人や、どこか牢獄じみた暗すぎる殺風景な部屋に怯えて泣いたり震えるでもない。
通り過ぎた廊下の窓から見えた子供達は、皆一様に生気がなく、床に座り込んだり壁にもたれたり、焦点の合わぬ目でぼうっと中空を見つめていたりするだけ。
それにクノンが連れられ、―恐らくは一時的に閉じ込めておくための部屋だろう―通された部屋とは別の場所に隔離されていた。
これも妙だ。わざわざ別にせずとも、まとめて放り込んだ方が管理も楽だろうし、監視の人員も余分に割かずに済むだろうに。
現にクノンの部屋の入り口外に一人、先程の子供達の大部屋の外に二人、武装した監視がついている。
そしてクノンの部屋には、大型の冷蔵庫のような箱が隣接した手術台のような機械群が部屋の奥に設置されていた。これはあの大部屋にはなかったものだ。
……あれは何なんだろう?見ているとなんだか吐き気がしてくるような。
酷くおぞましい何かに見えるそれは、今は起動してはおらず沈黙している。だが、必ず直ぐに起動状態になるだろう。
クノンをあの手術台に乗せるために。
一応、ここに潜入した時点で手筈通りにリオンには形代を通して連絡はしてある。今頃はこの廃村を取り囲む形で包囲網を敷いている頃だろう。
通り過ぎた時に目撃した子供達の様子や、この部屋の機械群についても逐次報告済みである。
《それで、そちらは誰か幹部格とは接触出来たのか?こちらはもうすぐ配置が完了する》
《ううん、私を閉じ込めたっきり、監視を外につけただけで誰も来ない……あ、……また後で》
ぷつり、と通信に使う式を切ると同時に、部屋の扉が開かれ、顔に大きな傷痕が刻まれた屈強そうな男が一人入ってきた。
見たところそれなりに実力者なようで、脚運びや姿勢に隙は殆どない。身に纏う雰囲気からして間違いなく幹部クラスと見てよさそうだ。
「やあお嬢ちゃん、こんにちは。待たせてしまってすまないね」
「……ここ、どこなの?私、そろそろお家に帰りたいよ」
我ながら下手な演技だとは思うけど、か弱い設定は守らなきゃ。
「そうかそうか、…では早速本題に入ろう。貴様、セインガルドの手の者だろう?」
「っ!……」
「雰囲気が変わったな。情報通りというか、以上というか…いや。送り込まれた刺客がこんな可愛らしいお嬢さんだったという意味では、少々予想外だったかな?」
男はニヤニヤとした笑みを隠そうともせず、頭から足元まで舐めるようなねちっこい視線を向けてくる。
情報通り?どこかで、この作戦が洩れていた?
「驚いた顔をしているな。その顔もなかなか愛らしい」
「あなたは気持ち悪い顔してる。そんないやらしい目で見ないで欲しいんだけど。小児性愛者ですか?」
「はは、……これはまた気の強いお嬢さんだ。確かに俺は年下は好みだが、もう少し出るところが出てからの方がいい」
埒があかない。安い挑発には乗ってくれないか……。出来れば情報を引き出したいところなんだけど……というか、大きなお世話だ。私はこれからだ。
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