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月へ唄う運命の唄
捧げよ。3

その頃、クノンは早くも疲れ果てていた。
今回の囮兼陽動の役を務めるにあたり、まず重要なのはいかに自らを弱く見せるかにあった。
普段通りの状態では敵のターゲットにはまず間違いなくなり得ない。誘拐の被害に遭っている年代的にも、そうであるならとうの昔に狙われていてもおかしくないのだから。
だからまずは男装を解き、本来の少女として振る舞う必要がある。
そこで最初にヒューゴの元へ赴き一時的に男装解除の許可を取ることにしたのだが、ここで意外な展開が待っていた。
なんと、この任務の成功以後は服装は自由にしてもよいと…つまり、必ずしも男装をしていなくともよい、本来の性別を明かしても構わないとの許しが出たのである。
ならばと早速服の調達をすべくマリアンの所へと相談をしに行ったのだが、これが災いした。どうやら前々からその機会を窺っていたらしい彼女は、同僚のメイド達を引き連れ嬉々としてクノンの部屋へと押し寄せてきたのだ。

…大量の服を一抱え程のサイズの箱いっぱいに詰め込んで、さらにそれを10個ほど。

その時、開いていた扉の向こうにたまたま通りかかったのであろうリオンの姿がちらりと見えたのだが、心底哀れんだ目でこちらを見たかと思うと、そそくさとその場から歩き去ってしまった。巻き添えを恐れたのだろうが、なかなかに薄情だ。
そしてその後は次から次へと箱から服を引っ張り出してはあーでもないこーでもないと延々着せ替え人形状態。当然服だけではなくそれに合わせて髪型やらアクセサリーやらを変えたり追加したりと、文字通り頭のてっぺんから爪先に至るまで全身いじられ放題になっている。

…もうどうにでもして。

はじめの内こそ様々な服装を楽しんでいたのだが、20着を越えた辺りで飽き始め、50着に到達したところで思考を放棄した。
そうして、城にて出陣準備を行っているリオンとの合流予定時間まで残り30分となった頃。漸くクノンの衣装も決定した。
全体的に白を基調とした、少し大人しめなアンティークドール然とした雰囲気。割にシンプルでありながら所々に散りばめられたポイントに控えめな可愛らしさがある。
ストレートに下ろした髪に鐔広の帽子を被ればちょっとした良家のお嬢様の完成だ。靴がヒールの高いものではなく、編み上げのレザーブーツなのが唯一の救いだった。

「…これ、誰?」

全身鏡に映った少女を見たクノンは、頬を軽く引きつらせながらマリアンへと恐る恐る訊ねてみる。

「誰って…決まってるじゃない?」

「…ですよね…」

がっくりと肩を落とすクノンに、その出来映えに満足した様子のマリアンが楽しげに答える。

シルクのグローブはまだいいとして…このロングスカートと帽子は、戦闘になったら少し邪魔になるかもだけど…まぁなんとかするしかないよね。
慣れない服装だけに動きにくいけど、第一段階の囮役を思えば、荒事とは無縁そうなお嬢様を装うのは仕方がないと諦める事にした。ついでに多分に入った意外な程のマリアンの少女趣味も。

「さ、て、と。マリアン、私もそろそろ一度お城に行くね。日が出る前に顔合わせ済ませなきゃだから」

「ええわかったわ。お気をつけて行ってらっしゃい」

見送る柔らかな笑顔を背に、クノンは夜明け前の屋敷を後にした。


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あきゅろす。
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