月へ唄う運命の唄
捧げよ。2
がしゃがしゃがしゃ、と重量感のある金属が擦れ合う音が、忙しなく辺りを右往左往と駆け回る。
視線の先では斧槍やら両手剣やら、種々雑多な武器達が次々と屈強な男達の手に渡り、それらがしまわれていた倉庫のただでさえ飾り気のない無骨な風景に、中身のない寂しさが追加されていく。
此処はダリルシェイド城内部にある武器庫だ。
朝早く、というより日の出よりもかなり早い時間に登城した僕は、誘拐犯達を包囲するための兵の編成を行い、現在は出陣準備を行っている最中だ。
ちなみにクノンはといえば、今頃はマリアンを始めとしたメイド達に嬉々として玩具にされているだろう。約一年もの間主の強制で男装していたために女として着飾らせるわけにはいかず、そのため色々と鬱憤が溜まっていたらしい…主にマリアンが。
そういえば、確かにクノンは容姿は整っているが、身長も低めで線が細い上、どちらかといえば男装させるには少々無理がある愛らしいタイプだ。
女性としてはやはりクノンにはそれらしい格好をさせてやりたかったらしい。
今朝方クノンの部屋の前を通りかかった時の、やたらとフリルが散りばめられたドレスを手にクノンへとにじり寄るマリアンなどを見た時には思わず御愁傷様と心中手を合わせてしまった。
…ともあれ、あちらは彼女達に任せておけばいい。
作戦の開始時刻には必ず間に合わせるだろうし、最終的には目的に合わせた出来にしてくれるだろう…存分に着せ替え人形として遊んだ上で。
それまでにはこちらも準備を終えて隊をまとめてしまわねば。
そう思考を切った所に、一人の兵士が駆け寄ってきた。
「リオン様、お久しぶりです。覚えてらっしゃいますか?」
「…ああ、お前か」
彼はゼド=ロックという、僕より3つ程離れた中級兵だ。クノンとの初の討伐任務の折、同行していた四人の内の一人。
彼ら四人はあの任務以降、自分達よりはるか年下である剣士二人に刺激されたのかそれまでの態度を改め、日々厳しい鍛練に励みどんな任務に対しても決して手を抜くような事はなくなった。
そして元々ある程度の才があった事も手伝って、いくつかの武功を挙げ、昇級試験を一人いち早く突破したのが彼。
それまでの実績や任務経験などを思えばちょっとしたスピード出世だった。
「顔を合わせるのはあの時以来になるか…。よくやっているようだな」
「えぇ、あなた達のおかげで目が覚めました。今はあれほど怠惰であったあの頃の自分を恥ずかしく思いますよ」
なるほど、以前とは顔つきが違う。編成候補者のリストを見た時にはどうするか迷ったが、階級が上がっている事と任務状況を見て問題ないだろうと判断したのは正解と見て良さそうだ。
「そうか。…間近で見た経験のあるお前なら、今日のあいつを見ても実力を疑う事はないだろう。…まぁ驚きはするだろうがな」
含みのある言い方をする自分でも珍しい僕の表情に、不思議に思ったゼドは素直に疑問をぶつけてくる。
「あいつ…とは、見習い補佐のクノン様の事ですか?あの方が何か?」
「ふ…。まぁ会えばわかる。今は念入りに準備しておけ。全てを万全の体勢に、決して怠るな」
「…はっ。では失礼します」
模範的な姿勢で敬礼を送ると、彼は再び準備に追われる兵士達の中へと消えていった。
…変われば変わるものだな。
走り去る彼の背を見送った僕は、そう感じずにはいられなかった。
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