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月へ唄う運命の唄
あなたと、――と。7

『にしても、先程クノンの言った坊っちゃんの視線の先、という言葉も、あながち冗談というわけじゃなかったんですねぇ』

感心したようにうんうんと納得するシャルティエに、二人は居心地悪そうに無言で視線を寄越すことしか出来ない。

『それにクノンの肌も凄く綺麗ですし、やっぱりさすが女の子ですよね。…あ、さっきの痣の形って、何か意味でもあるんですか?…って、あれ?』

調子に乗って余計な事まで口を滑らしたシャルティエに、先程とはうって変わって突き刺さるような殺気混じりの視線が一つ。…そして呆れ果てるような視線も一つ。

「リオン」

「…なんだ」

「お願い」

はぁ、とため息を吐いたリオンがゆらりと立ち上がると、おもむろにシャルティエを鷲掴みにし、そのまま問答無用で窓を開けて庭に放り投げた。
なにごとかぎゃあぎゃあと喚いていたような気がするが、今のはお前が悪い。外で頭を冷やして暫く反省しろ。

「…ありがと」

「すまなかったな。出来ればさっきのことは忘れてやってくれ」

いや、ボクも完全にシャルの存在忘れてたのもあるし、見られたのは仕方ないのはわかってるんだけどね。

「うん…で、リオンもこれで大丈夫って、納得してくれたかな?」

「ああ。シャルも言っていたが、確かにそれならばお前の身の安全率は格段に上がるだろう。術と剣の併用が出来るならばそう簡単にやられはせんだろうしな。なにより、こうして本人から説明されてもいくつか理解しきれん程に巫術とは難解なものだ。奴ら程度の頭で看破されるとは思えん」

火照った熱を冷ますように開け放した窓枠に腰をかけて夜風に当たるリオンは、どうやら漸く安心してくれたようだ。

「そっか。なら恥ずかしい思いしたかいもあったかな」

気恥ずかしいのを誤魔化すように、まだ熱をもっている頬をかく。

…そうだ。渡しておきたいものがあったんだ。

「ね、これを持ってて欲しいんだけど…いい?」

そうして彼に差し出したのは人の形を簡易的に模した手のひら大の形代。
その中央部には、術式に必要な日本語の言霊に加え、ボクの真名がこの世界の文字で記されている。"蒼羽"、と。

「これは?」

「それは通信用に作ったボクの分身みたいなもの…かな。今回の任務は陽動の囮役との連携が重要だし、それなら直接声にしなくても連絡が取れるから。…それでね」

通信の起動に必要な条件は、通信する相手の姿をイメージすることと。

「その相手の…真名を知ること。つまり、本当の名前。ボクの、…"私の"本当の名前は、」

「…"蒼羽"…?」

こくり、と頷く。

知っていて欲しかった。理由はまだ、ハッキリとはわからないけれど。
けれど、こうして自分をさらけ出す事で、少しでも彼との距離が縮まればいいなと思ったから。彼になら、この大切な名前を託してもいい気がしたから。


それなのに。


「…リオだ」

たったそれだけの、私からの一方的な押し付けだと思っていたのに。

「エミリオだ」

「エミ…リオ……?」

「僕の、本名だ。…お前になら、この名を託してやってもいい」

こんなサプライズを貰ったら、嬉しさが溢れちゃうじゃないか。

「エミリオ…」

「ああ」

「ありがとう、エミリオ…」

…よくわからない。なんだか、よくわからない。勝手に溢れてくるこの嬉しさも、勝手に流れ落ちていくこの涙も、どこから湧き出してくるのかがわからないしいつまで経っても止まってくれない。
まるで山の中で見つけた小さな湧き水が、汲んでも汲んでも決して涸れないように。
でも、知らない内に包まれていた彼の腕の中で、なくした何かが満たされていくような気がした。
髪を撫でてあやしてくれる優しい手の温もりに、もう一人じゃなくなったんだって、何故だかそんな気がしたんだ。

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2012/12/14

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