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月へ唄う運命の唄
あなたと、――と。5

隣に並ぶ、部下の少女がいつになく暗い。
出逢って間もない頃、何度かこれに近い表情を見せた事はあった。あの事件の日然り、後日語った体質や力の事然り。
だが今のこれは、同じようでまるで違う。目に見えるものは似たようなものでも、確実に違う。
"深い"んだ。それもどうしようもなく。この僕がどこか怖いと感じる程に。
それはまるで、底の見えない井戸を覗き込むような…決して開けてはならない、禁断の箱を開くかのような―…

「…ね、リオン。話聞いてる?」

隣に座る、どこか上の空な上司の顔を覗き込むと、漸くこちら側に戻ってきたらしく紫色の瞳にも光が戻る。
今は夕食も終え、シャワーも浴びて寝間着に着替えを済ませた後に、待ち合わせたリオンの部屋にて誘拐犯達のアジト襲撃に備えた作戦会議の最中である。

「…あぁ、すまない。少しぼうっとしてしまっていたようだ」

眠っていた意識を覚醒させるかのように頭を振る様子に、やはりらしくないなと感じる。

「それでどうする?…いや、やはりこれは僕がやるべきだと思うのだが」

「ダメだよ。それだと上手くいかないのは、リオンだってわかってるでしょ?」

二人がもめているのは、将軍から提示された囮を使った陽動作戦についてだ。

敵の狙いは子供。それも抵抗が弱そうな子供だ。リオンのように、剣士として顔も名も売れ過ぎている者では囮にはなり得ない。だからといって本当に無抵抗な子供では信用も出来なければかえって犠牲を増やすだけだ。
その点、クノンならばそこをクリア出来る。何故なら、表向き男として通っている上、男装を解いて武器を持たずに女の子の格好さえしてしまえば、それこそ身ぐるみ剥がされたところで疑いがかかるはずもない。
加えて、まさかソーディアン無しに並みの人間では太刀打ち不可能なレベルの術を使える人間が居るなどとは夢にも思うまいし、それを使えばクノンに意識を集中させ、その隙に包囲網を敷き一網打尽にするための時間をも稼げる。
囮兼陽動の二役を任せるに当たって、これ程の適任はどこを探しても見つからないだろう。
…そしてそれは指名されたクノン自身も全くの同意見であったし、なにより将軍も、リオンですらもまだ知らない切り札が彼女にはある。
なんせつい先日完成したばかりであるし、リオンには今日の建御雷神の術式と併せて驚かせてやろうと夕食前まで"そのままにしておいた"からだ。

「気持ちは嬉しいけど、そんなに心配しなくてもきっと大丈夫だよ。ボクは別に丸腰でただ捕まりに行くわけじゃないし」

「…は?お前、まさか帯刀したままで囮が務まるとでも言う気か?」

何を言ってるんだこの馬鹿は、とでも言わんばかりの物言いである。

しかしそれでもクノンは不敵に笑って、

「ビンゴ」

その場ですっくと立ち上がると、寝間着姿の腰に手を持っていき、何もない空間でまるで鞘を掴み鯉口を切るような仕草をすると―

「…あら不思議」

見慣れた一振りの太刀を"引き抜いた"。

「…………は?」

してやったり。

どこからどう見てもこの長さの太刀を隠す場所などない寝間着姿。にも関わらず、まるで普段通りに太刀を抜いたクノン。

そう、普段通りに。

今朝の鍛練にて手合わせをする際に抜いた時と全く同じ動きで、何もない空間から、当たり前に。

「お前、今どこからそれを出した?」

信じられないといった調子で羽姫と引き出し口であるクノンの腰を交互に見つめるリオン。

うん、期待通りの反応でボクは満足だよ。


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あきゅろす。
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