月へ唄う運命の唄
教えてリオン先生8
「ふぅ」
ぱたん、と参考書を閉じて机の上に置き本日の講義が終了する。
その脇にはこの世界の言語と元来の日本語で埋め尽くされたノート。つまるところソーディアンマスター方式の晶術と、自らの巫術を比較・検証し応用する為に必死で書き殴っていったメモだ。
そのノートへ向けて、ちらちらと興味を隠しきれない様子の視線を感じるが、今はまだ自分でもまとめあげるために整理している最中なので、説明してやる気力がわかない。
「さて今日のところはこんなものだが…手応えはどうだ?」
「うーん…そうだね。まだ整理が追い付かないからなんとも言えないけど、使えそうな部分もあったよ。…それに」
「それに?」
「せっかくリオンがこうして時間を作って、こんなに丁寧に教えてくれてるんだもん。頑張って、きっとモノにするよ」
そう言って笑顔を向けて返してやると、何故か彼は目を丸くして固まっていた。
「あの、リオン?」
「あ、…あぁ。この僕の貴重な時間をお前なんかにやったんだ。無駄にしたらハネてやるからな」
物騒な金属音を軽く立てながら、シャルの柄に手を添えるリオンに嫌な予感がする。目に殺気がこもってるような…?
『坊っちゃん、照れ隠しですか?』
「だ、黙れ!」
添えた手をそのまま鞘まで持っていきガツン、と今まで空気と化していたシャルを床に叩きつけるリオン。
何に対してはわからないけど、照れてるんだ。…なら、ちょっとからかってみようかな?
「…ありがとう、リオン」
何やら憤慨するリオンの顔を、下から軽く覗き込みながらくすくす笑いかけてやる。
「なっ……!?」
すると今度こそ彼は完璧に硬直してしまった。心なしか顔が少し紅いような気がするのは、怒って興奮したから?
それはともかく、この感謝の言葉は嘘偽りない本心だから。
「さ、そろそろ遅くなってきたし、ボクも眠くなって来ちゃったからおいとまさせて貰うね。また明日。…あ、出来れば不法侵入はしないでね。おやすみ!」
未だ硬直して微動だにしないリオンに別れの挨拶をし、部屋を後にした。
「――せっかくリオンがこうして時間を作って、こんなに丁寧に教えてくれてるんだもん。頑張って、きっとモノにするよ」
その時向けられたあの笑顔と、言葉に込められた純粋な気持ちに僕は動揺してしまっていた。
あいつにしてみれば何気無い言葉であったのだろう。…いや、受け取る僕にしたって何気無い言葉であることに変わりはない。
ただ、あまりにも真っ直ぐだった。
なにものにも遮られる事なく、なに一つ隠すものもなく。
だからなのだろうか、動揺を悟られないように誤魔化そうとしたら憎まれ口になってしまっていた。
それをフォローしようとしたのだろうが、例によってシャルがいらない拾い方をするものだから説教がわりに制裁を加えていたところに、とどめを刺すようなアレ。
……さすがに反則だろう。
からかうような笑顔だったが、半分以上は無意識なんだろうその近すぎる距離。
例え普段から男装の剣士で男と変わりなく接していても、出来の悪い妹のような奴だと思っているとしても、あんな事をされたら意識してしまうに決まっている。
……まったく、どうかしている。今日の僕はどうやら少し浮わついてしまっているようだな。
こんな日は早々に眠ってしまうに限る。そうして目覚めれば、いつもの冷静な僕になる事が出来るのだから。
「おやすみ、シャル」
『もうお休みですか?坊っちゃん。…おやすみなさい』
ことん、と床に放置していたシャルをベッドの脇に立て掛けて、自らも布団に潜り込む。
「ああ」
そして目を閉じて。
「…………おやすみ。――」
2012/12/13
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