月へ唄う運命の唄
教えてリオン先生5
―…「おやすみ、リオン」
穏やかな声を残して扉の向こうへと姿を消したクノンを見送り、気配が遠退いた事を確認したリオンは身を起こした。
「おやすみ、か…」
一体いつぶりであろうか、マリアンと、相棒であるシャルティエ以外でこれ程穏やかな声をかけられたのは。
"おやすみなさいませ"そう自分に声をかける使用人達の顔が不意に浮かぶ。
あれらは、ただの仕事として発せられただけの言葉だ。下僕が主に尽くす礼の一環としての、温度のない言葉。
判を捺したかのような同じ平坦な表情。
さらに言えば実の父親に至っては、まともに顔を合わせる事すら稀なのだ。挨拶の時間など、こちらが緊張に耐えるよう心の準備を整えるまでの一呼吸の間に過ぎてしまう。彼は自分を息子として…むしろ人間として見ているのかでさえも怪しい。
いくら強く取り繕おうとも、感じる寂しさには抗えなかった。
しかし、扉に手をかけながら振り向いたクノンの表情には、その何気ない言葉には、自分がどこか諦めてしまっていた温もりが感じられた。
何故だろう。何故、赤の他人であるクノンにそんなものを感じたのだろう。
そういえば、クノンに出会い屋敷で暮らすようになってから7ヶ月以上が過ぎ、多くの時間をともに過ごすようになってきていた事実に気付く。
朝起きてから朝食までの時間を使った鍛練は、クノンが現れてから一人の時間ではなくなっていた。客員剣士の仕事を行う際にも上司として、補佐としてともに任務に就く。屋敷へと戻れば今日のように時たま部屋まで押し掛けてきては他愛のない会話を交わす。
…これ程の時間を共有していた事に少々驚きながら、"ではこの関係は果たして赤の他人と呼べるのか"という次の疑問へと移行する。
クノンと過ごす時間は、はっきり言えば悪くない。むしろ心地好いとさえ感じる時もある。
少々知識的な意味で常識が欠けていたり、油断すると街で迷子になり捜す破目になったり、無理をし過ぎる傾向にあるのか戦闘任務では度々倒れたりと、面倒と感じる場面はあるのだが、不本意ながらそれをも楽しんでしまっている自分がいる。
まるで手のかかる弟…否。本来の性別を思えば妹が出来たかのようだ。
…"妹"。
家族を構成する要因の一つとされるもの。暖かな温もりを与え合う関係。血の繋がりはなくとも、絆で繋がる事の出来る存在。
…そうか。
「ふ…そういう、事か」
『?…坊っちゃん、どうかしたんですか?どこか嬉しそうな顔をしていますよ』
納得のあまり、思わず声が出てしまっていたらしい。休止状態…人でいう寝入った直後だったらしいシャルティエが眠たそうな声を上げる。
「いや、なんでもない。少し考え事をしていたおかげで、疑問が一つ解けただけだ」
『それですっきりした顔をしているのですね。…でも、そろそろ眠らないと明日の任務に響きますよ?クノンとの約束もあることですし』
「わかっている。面倒ではあるが、依頼には全力で応えねばな」
くくっ、と抑えきれないような笑みを洩らしつつ、再び眠るために布団に潜る。
『なんだか楽しそうですね。…では改めて、おやすみなさい、坊っちゃん』
「…ああ。おやすみ、シャル」
―…また次の機会には、彼女にも"おやすみ"を返してやろうと思う。
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