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月へ唄う運命の唄
木陰5

「ボクは元々、運動神経が抜群にいいわけじゃなかった……ごく普通の女の子と一緒。もしかしたら、ちょっと鈍いくらいかも。けれど、家が伝える剣術は並外れた技量と運動神経が要求される。ボクにはそれがなかったけど、代わりに特別な力があった。その力を加工して扱う巫術が使えた。……だから、それを応用して身体を強化するようになったの」

そうして得た身体能力を駆使し、様々な剣術を会得していった。……しかしまた、決して永久的に強化し続けられるわけではない。本来持ち得ない能力を発揮するのだ。身体に負担がかからない筈はなく、使い過ぎれば先日のように弱る。下手をすれば衰弱死する恐れや、肉体が破壊される恐れもある。

……聞けば確かに納得する部分が多々思い当たった。剣聖杯……少なくとも予選ではその力を使う必要は殆どなかったのだろうが、自分との決勝戦では明らかに動きが違っていた。違い過ぎていた。その後の襲撃事件でも、自分とはぐれてから合流するまでに何人も倒していると聞いた。お遊びの大会などではなく、明確な殺意を持った者達を相手にしてほぼ無傷だった。
ヒューゴ様から聞いた話では自分よりも年下…11歳の幼い少女が挙げた戦果としては、信じ難い異常だといって良い。

「……成る程。そしてその力とやらを使う時、色が変わる右目にコンタクトを入れて隠しているわけか。力の存在を隠すためか?」

「隠しているのは力を知られない為ってより、別の理由の方が大きいけどね」

だって気持ち悪いでしょ?と少女は微笑む。……しかしそこに滲む色は変わらず、暗く苦しげなまま。この瞳を見て、薄気味悪いと蔑んできた者は決して少なくないのだ。

その時、その色を塗り替えるようにわざとらしく明るい声を上げたのは、静かに会話を聞いていたシャルティエだった。

『何を言ってるんですか!気持ち悪くなんてないですよ!むしろ宝石みたいに綺麗で、神秘的で……凄くいいと思います!!坊っちゃんもそう思いますよね!?むしろそう思わない筈がないです!だって坊っちゃんすごくクノンの目にみとれんぎゃぁおぅ!?』

ガン!と余計な事まで叫ぼうとしたお喋りの核に制裁の拳を叩きつける。

彼女を元気付けてやりたいのだろうが、僕を引き合いに出すんじゃない。

「え……?リオンは、どう、思う?」

台詞の途中で黙らせたはいいが、どうやら僅かに遅かったようだ。この際だ。仕方なく、……本当に仕方なく。シャルの意を汲んでやろうではないか。

「っ…………悪く、ない」

頬が僅かに、熱を持っている事を自覚する。彼女を正面から見ていられない。
……仕方がないのだ。不本意とはいえ、正直に己の胸の内を晒すのは、慣れていないのだから。
それも、それが他人を元気付けるため、など。記憶を顧みても、そんな経験など覚えがない。

――そんな様子に、今まで心の中で凝り固まって、重く堆積してきた汚泥のような何かが溶けていくような。そんな感覚を少女は感じていた。
ふわふわと暖かい柔らかな気持ちが、溶けたそれから生まれ変わって全身を包んでいくような。とても不思議な感覚。
気が付けば、自然と、ごく自然と、一筋の透明なものが少女の頬を伝っていた。

「二人とも……ありがとう」

淑やかな花が一輪、そこに咲く。長い雨に打たれ、重い雫を背負わされた蕾が、それを弾き花開くかのように。

「…………フン、行くぞシャル。もうそろそろ朝食の支度が終わる頃だ」

そうやって笑えるなら、もう十分だろう。

何やら煩く騒ぎ立てるシャルティエのコアクリスタルに、軽く指を弾いて再び黙らせ、立ち上がり腰に提げる。少年はそのまま邸内へと歩き去って行った。

残されたクノンは、胸に灯る温もりを放さぬようそっと抱きしめながら。

「……ありがとう……」

もう一度、静かに救われた感謝を呟いていた。

2011/10/29.
2015/04/24加筆修正
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