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月へ唄う運命の唄
木陰2

波乱に満ちた剣聖杯から3日。新しい部屋の中で目覚めた朝は、穏やかな空気に満ちていた。

柔らかなベッドから抜け出して、閉じていた純白のカーテンを開けば、少しばかり眩しい朝の陽射しが部屋に飛び込んで来る。
続き窓を開けてみれば、外に見える庭の木々から小鳥の囀りが聞こえ、涼やかな風が頬を優しく撫でて、心地好い感覚が体を通り抜けていく。
それらを一頻り味わってから「んっ」と伸びをして、部屋の中に視線を戻す。……と、今までの爽やかな気分が、神隠しにでもあったかのように忽然と姿を消してしまった。

「なんとなく、なんとなくそんな気はしてたよ。して、ましたよ……」

別に、突然部屋の中に変質者的に侵入してくる不粋な輩が居たわけでもなく。やたらとボロく、埃だらけの倉庫のように、煤汚れたような光景が広がっているわけでもない。むしろ、"気が滅入る程に"豪華な内装や調度品、家具の数々が散りばめられている事が問題であった。
クノンは別に元々、裕福な家の出ではない。かといって、生活に苦しむ程貧しかったわけでもない。
古来より、親から子へ、そしてまたその子へと剣術を代々継承・指南してきた関係上、それなりの大きさの道場は有していたが、それ以外の経済的な面ではきわめて平々凡々な中流家庭で育ってきた。
それ故に、この世界にて今まで暮らしていた離れからこの本邸へと引っ越してきた際のクノンの反応はといえば。
扉を開けて玄関から入った瞬間に拡がった異空間にまず唖然とし、自分の部屋になるという場所へ、案内役のマリアンと向かう最中から緊張が増大していき、気に入っていただけるかしら、と少し不安そうな顔で通された新しい自室を見た途端。そのあまりの豪華さから受けた衝撃に、蓄積された緊張という名の爆弾が大爆発・マリアンの手を振り切り全力逃亡という暴挙に出てしまった。
そうして屋敷の階段の影にて、怯えるように現実逃避している所を追いかけて来たマリアンが発見。部屋が気に入らないから逃げたと勘違いした彼女が涙目で謝ってきたので慌てて誤解を解き、やはり緊張しつつも改めて新しい部屋へ納まるというエピソードがある。
要するに、あまりにも自分がこの部屋……ひいては屋敷においては酷く場違いで、やたらと不釣り合いな気がして落ち着かないのだ。

そして今までの離れからこの本邸へと越してきた事にも理由がある。

先日の剣聖杯襲撃事件の際、たまたまその場の流れに巻き込まれた形とはいえ、数多くの一般観客や子供達を襲撃者達から守り戦った功績、勝敗は有耶無耶になってしまっているが、決勝戦で披露して見せたその剣の実力から、見事国軍兵士へのスカウトを受けたのである。
事件の翌日、王から使いの者が現れ、身元保証人のヒューゴに連れられて行った謁見の間では、実はクノンは「Yes」しか口にしていない。細かな事情説明は全てヒューゴがしていたからだ。
だが、クノンはスカウトされるままに軍に所属する事にはならなかった。ヒューゴの巧妙な話術によりそれは阻まれ、代わりにクノンと同じく事件での活躍を見せた、現時点での客員剣士"候補"リオン=マグナスを正式に客員剣士とし、その補佐、もしくは見習いとしてクノンをその下に就ける事としたのだ。

そうして、より近い環境で先輩であるリオンからその仕事や振る舞いを学ぶべく、離れから本邸へと招かれてきたのである。


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