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月へ唄う運命の唄
剣聖杯(後編)9

一通り身体の感覚を確かめた後、改めて何気なく周りを見回していたクノンは奇妙な違和感を覚えた。

「…あれ?…リオン……」

くいくい、とリオンの服の腕の部分を摘まんで呼び掛ける。クノンの話に集中していた為か、少々暗い表情で考えこんでいたリオンは、不機嫌そうな声で何だ?と顔を上げた。
クノンに何か変じゃない?と言われるまま同じようにリオンが周りを見回していると、クノンの感じたという違和感の正体に気付いた。

あるべき筈のモノがない。

休息をとる前に倒した敵が持っていた戦斧は、今は地面に転がっている。斬った際に撒き散らされた大量の血もその周りにある。

だが、

――"死体が無い"?――

男の死体の代わりに、血に濡れてはいるが僅かに光る小さな物体が幾つか転がっていた。
リオンはその血だまりの中からそれを一つつまみ上げると、付着した血を拭って確認する。

「…これは…レンズ?」

「…レンズ?」

ひょい、とリオンの肩越しに恐る恐る覗いたクノンが鸚鵡返しに聞き返した。

レンズって、もしかして勉強した本に載っていたアレ?いろいろ不思議な力を持っていたり、その力を利用して便利な道具を作ったり、普通の動物とかが間違って飲み込んだりしちゃうアレの事?

「…その認識でほぼ間違いない」

「ほぁっ!?心の中読んだ!?エスパー!?」

「……声に出ている」

そんな目で見ないで。なんだかバカみたいじゃない。

改めてまじまじと見てみるが、やはり本に載っていたレンズに間違いないようだ。

「どういう、事?」

「わからん。……が、どうやら人拐いどもの中に人間じゃない奴も混じっているようだな」

バキン、と握りしめた拳の中でレンズが砕ける音がした。

「……よくはわからん。だが、人間じゃないなら遠慮はいらんな。クノン、今のお前ははっきり言って足手まといだが……着いてくるなら捕まってる子供の保護を優先しろ」

「……うん!丸腰じゃ、戦えないもんね」

言って彼は銀色に輝く剣とダガーを抜き、再び侵入者達を排除すべく駆け出す。その彼に続いてクノンも走り出す。出逢って間もない幼い二人が、同じ目的を持って戦場に舞い戻る。

守ってくれるって事だよね。…やっぱり、冷たく見えても優しいんだ。

突き放すような物言いの中にも、僅かに顔を見せる気遣い。不器用なだけ。
そんな彼の横顔に、ほんの少しの照れが見えたような気がした。


――それから暫くして、決して少ないとは言い難い犠牲はあったものの、国軍の奮闘もあり突然起きたこの襲撃事件は終結を迎えた。

幾つかの謎をそこに残して。

2011/10/24
2015/04/22加筆修正
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