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月へ唄う運命の唄
剣聖杯(後編)8

普段なら、その手を払って無言で再び戦いに身を投じていたかも知れない。
普段なら、必要ないと一言で切って捨てていたかも知れない。
……だがこの時ばかりはどういうわけか、少しの間ならばこの場に留まってもいいかも知れないと思ってしまっていた。どうしてそうしたのかは、全くわからなかった。

リオンは軽くため息を吐くと、クノンの隣に立ち壁に背を預けた。クノンはといえば、その様子に明らかな安堵を見せ休息をとっている。……因みに、まだその手は彼の裾を掴んだままだ。

「……ごめんね」

「…………」

先程も感じた事だが、酷く弱々しい。これがつい先刻、自分が我を忘れる程まで追い詰めるレベルの剣を振るっていた者と同一とは思えない。男だとも思っていたし、クノン自身、男として振る舞っていたにも関わらず、今はただの年相応の少女にしか見えない。
……それに、試合前にはヒューゴ様の名前を出した。その辺りの繋がりも見えない。一体、こいつは何者なんだろうか。

不意に出来た戦場での束の間の休息時間に、それまで後回しにしていた疑問が次々と再浮上してくる。考えてもわからないような疑問に、知らず表情が険しくなっていた。

――と、そこでクノンが口を開いた。

「……ボクね。君に会うの、楽しみにしてたんだ」

突然何を、と言いたげな視線を感じつつもクノンは続ける。

「雪山で倒れてた所をヒューゴ様に拾われて、屋敷の離れに保護して貰って。そこでヒューゴ様から君の友達になってって言われて。それから沢山勉強もして、刀も買って貰って。…………普通に暮らせるように、君と仲良くなれるように」

そこまで言って、ふと前方に視線を送る。そこに広がるのは、自身が想像していた景色とは真逆といってもいい世界。

「…………なんで、こうなっちゃうんだろ」

思えば、この世界に来る前は、その直前まで楽しい家族との触れ合いの時だった。それは突然の両親の死という最悪の形で失われた。
剣聖杯では、この世界の者達との武道を通じた触れ合いの時に、そして初めての友達が出来るかも知れないという期待に満ちていた。……それも血生臭い戦場に身を投じる結果となった。

「どうしてボクが楽しみにしてる事って、こんなに酷い事になるのかな」

まるで、自分は幸せになってはならない、喜びを感じてはならないと、誰かに言われているような錯覚すら覚える。

リオンは黙って、クノンの独り言のような問いかけを聞いている。……その問いに答えられないまま。

と、唐突に苦笑を漏らしたクノンはその場で軽く伸びをして立ち上がると、手の感覚を確かめるように握ったり開いたり、爪先で軽く地面を叩きながら困ったような笑顔をリオンに向けた。

「ん、なんとか、動ける、かな。ごめんね、今の忘れてくれていいから」

弱気は駄目、だよね。……何か使えそうな武器は…無い。一応、牽制程度の護符は幾つかあるけど。

やはり自分が使えそうな武器は見当たらない。先程リオンが斬った敵も使っていたのは戦斧、重すぎてとても戦えない。


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