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月へ唄う運命の唄
剣聖杯(後編)7

ドサリ、と何か重いモノが地に落ちる音が聞こえ、いつになっても死の痛みが感じられない不思議に、恐る恐る閉じていた瞼を開けてみる。
つい一瞬前まで気味の悪い笑みを浮かべて自分に死を与えようとしていた男が、自分が撒き散らすだろう筈であった血にまみれて倒れている。
顔をあげれば、正面には紫水晶の瞳の美しい少年が自分を見つめていた。

「……一体…」

何が?

まだ少し思考が追い付いていないクノンを、爪先から頭まで確かめるように見ていたリオンは、その無事を確認して僅かに表情を緩めた……が、すぐにまた眉間に皺を寄せて怒声を浴びせた。

「戦場で武器を手放した上に棒立ちになる馬鹿が何処の世界に居る!!お前、今確実に一度死んだぞ!」

その声にびくっ、と肩が跳ね、怒鳴られたクノンの目が少しずつ潤んでくる。

「ご…ごめ…なさ……私、そこまで考え…」

……?"私"……?それによく見れば……

絶対的な危機から抜けた安心からか、もしくは怒鳴られた驚きからか…先程まで少年と見ていた剣士が、弱々しい少女に見えてきた。

『坊っちゃん、あまり責めちゃ可哀想ですよ。クノンが助けてくれなかったら、坊っちゃんも危なかったんですから』

少々深みに嵌まりかけていた思考が、相棒の声により引っ張り上げられる。

…そうだ、こんな事を考えている場合じゃない。

その声によって少し気を持ち直したのか、クノンはぐい、と潤んでいた目を一度拭うと大変な事がわかったかも、と口を開いた。

「もしかしたらこの人達の狙いって、会場に来ている子供達かも知れない。此処に来るまでに何人か、子供を縛ってどこかに連れ去ろうとしてた人達を倒してきたから」

「僕の方でも何人かその手の連中を斬った。やはり奴隷にでもして売り飛ばすのが目的か……」

軽く舌打ちをしたリオンは、忌々しげに表情を歪めた。
恐らくは軍の兵士もこの襲撃に抗戦してはいるだろうが……守る対象が多すぎる上に範囲も広い。この中に居るだろう首謀者も、侵入した敵の数もわからない。……少し、長引くな。
と、そこでがくりとクノンがその場に崩れ落ちた。

「?おい!?」

「ごめん…ちょっと……疲れちゃったみたい……。こんな実戦、初めてだから」

「こんな所で…く、影になるところまで我慢しろ」

座り込んだクノンを無理矢理立ち上がらせると、手を引いて物陰に移動する。掴んだ手の柔らかさに少し心臓が跳ねた気がしたが、その手が少々熱を持ちすぎていた事の方が気になった。

「ありがと……。ゎ…ボク、迷惑かけてるね」

「お前、熱があるんじゃないのか?」

「ん……多分、反動。もう少し休めば多分、また戦えるから」

反動……?わからん事が多すぎる。仕方があるまい、此処なら多少の時間なら奴らにも見つかるまい。置いて僕は事態の収拾に当た……

『坊っちゃん、少しの間此処に残って休んではどうです?幸い付近に敵は居なさそうですし、軍の兵士も動いてるはずですから、任せてしまいましょう』

立ち上がろうとしたリオンの服の裾がクノンの手に弱々しく掴まれ、相棒の声にその思考は阻まれてしまった。


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