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月へ唄う運命の唄
剣聖杯(前編)7

出場者用のゲートをくぐり、受け付けを済ませ選手控え室へと入ると、そこにはすでに何人もの出場者達が思い思いの時間を過ごしていた。
武器の手入れをする者、貸し出しの非殺傷武器を選ぶ者、準備運動に励む者、素振りを入念に行う者……中には保護者同伴で暢気に弁当を口に放り込んでる者なんかもいるが、垣根の低いこの大会の特色を考えれば仕方ないだろう。
ざっと周りを見渡しても、今年も手応えのありそうな者は特に居なかった。

……こんな茶番、早く終わらせてしまうに限るな。

溜め息一つ、天才と呼ばれる前回優勝者は、控え室の隅の壁に寄りかかると、眼を閉じて自分の出番まで待つことにした。

――そうしてどれくらい経ったのだろうか。気が付けばあれだけ居たはずの出場者達が半分程に減ってしまっている。

……そろそろか。

そう思い、使いやすそうな木剣を長短二振り手にした所で、タイミングよく声がかかる。

「第一シードのリオン=マグナスさん、次試合になりますのでご準備ください」


――はっきり言ってしまえば僕の圧勝だった。

相手は槍使い。長い間合いを使い、僕を懐に入れる前に打ち倒そうとしていたらしいが、ただ遠くから怖じ気づいたような逃げの打ち込みは躱すまでもなく、突いた槍の柄を弾いて懐に入り、鳩尾に剣の柄尻を沈めて終わり。

……所詮、こんなものか。

試合開始から僅か30秒程。あまりにも呆気なさ過ぎる幕切れ。
それまで路上での子供の喧嘩を眺める大人のように生暖かい眼差しで試合を仕切ってきたであろう審判の兵士は、リオンの「判定は?」という言葉でやっと我に返ると、慌てて試合終了の合図を出すという醜態を晒した。
その様子を眺めていた数多くの観戦者や王城関係者達は、少年とは思えぬその鮮やかな手際にうっとりと溜め息をつき、或いは焦りを感じ、また或いは素直に称賛を心中で贈った。
そしてその試合を見ていた中には勿論、"最近この土地に流れてきた"年幼い一人の剣士も居たのだが、こちらは前述の感想のどれにも当てはまらない表情を浮かべると、軽い足取りで選手控え室へと姿を消したのであった。

……あの程度の相手を倒したくらいで大袈裟な。

少し、いやかなり苛々する。物足りない。

別に期待していたわけじゃないが、あまりにも手応えが無さすぎる。誰か僕に張り合える者はいないのか。

控え室に戻ると、僕は再び壁に寄りかかり、試合中邪魔にならぬようにと背に回したシャルに小声で呼び掛ける。

「……今年もレベルが低い」

『仕方がありませんって。坊っちゃんくらいの年代で、坊っちゃん程の力量の子供が居たらそれはそれで面白いですけど』

逆に怖いですよ、と苦笑混じりにソーディアンは答える。

『次までまた少し空くみたいですが、観に行ったりしないんですか?』

彼なりの気遣いで言ったのだろう言葉を必要ない、と切り捨てた直後。

突然会場がワッと沸いた。

……?

なんとなく様子が気になった僕は、壁から身を離すと通路を抜け観覧席へと向かう事にした。


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あきゅろす。
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