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月へ唄う運命の唄
ハイデルベルグの奪還9

「ぐっ…!」

爆雷符も底を尽き、巫力も空舞を維持するだけで精一杯になりつつあった為に速度の落ちた私は、少しずつ飛竜の苛烈な攻撃に捕まりつつあった。
弓隊の二人の援護がなければ何度か危ない所だった私の体は全身傷だらけになっているが、相変わらず飛竜の方は攻撃する端から超速で再生していくため無傷で飛び回っている。
今はどうやらさんざん傷付けてくれた私に対しての意趣返しと言わんばかりに嬲り殺しにでもするように少しずつ痛め付けられていた。

「あはは…失敗したな…」

『情けない声を出さないで!ほら右!』

ごう、と凄まじい音とともに飛竜の翼から放たれた真空刃が腕を掠めて行った。
間一髪腕の切断は免れたものの、結構深く入った攻撃は肩を切り裂いて血が噴き出す。強化繊維が編み込まれた服も殆どぼろ切れみたいになってビキニみたいになっていた。

まだなの…!?

ちらりと地上、時計塔のみんなへと視線をやろうと気を逸らした刹那。

『よそ見しないで馬鹿……蒼羽ーーっ!!』

悲鳴のような叫びを上げた姫の声に正面に顔を向ければ、視界いっぱいに赤黒い飛竜の口内が広がっていた。

――喰われる――

しまった、という間も、もうない。ごめんエミリオ、私、ここまでみたい。…あぁ、やっぱり告白しとけば良かったかな…
そこまで思った私は、覚悟を決めて静かに目を瞑った。


「ぐぉあああーーっ!!!!」

何さ。五月蝿いな…最期くらい静かに逝かせてよ…

そう思いながら何事かと目を開いた私の視界からは、つい一瞬前まで広がっていたグロテスクな飛竜の口内が消えていた。

…あれ?

代わりに視界に飛び込んできたのは、分厚い雲と降り続ける雪に覆われた薄暗い空の景色。
先程まで嫌がらせのように飛び回っていた飛竜の姿はどこにもなくなっていた。

「バカな…!この私が…!」

苦しそうに呻く、先程と同じ嗄れた声のする方を見下ろせば、肩を抑え苦しげに喘ぐグレバムの姿が見える。

「たす、かったの…?」

『本当に紙一重でね。予測通り供給が止まった瞬間に霧散したわ』

「あはは…よかった…」

力の抜けた私はどうにかこうにか塔の上に降り立つと、そのままその場に崩れ落ちた。カラカラと髪留めが転がり落ちるけど、拾う元気もない。

「よく頑張ったね」

「もう駄目かと思いましたぁ」

半泣きになっているチェルシーと疲れ果てた顔のウッドロウさんに抱き起こされる。心配かけちゃったみたいで申し訳ない。

「なんとか間に合ったみたいで命拾いしました」

力なく笑えば、チェルシーの目尻に涙が溜まっていく。

「さんざん手こずらされたけど、漸くケリが着いたわね」

ルーティの声にそちらを見れば、みんながグレバムを囲い詰め寄っているところだった。

「グレバム、もう終わりです。これ以上の悪足掻きは無駄です」

「イクティノスを返して貰うぞ、グレバム」

私をチェルシーに預けてグレバムに詰め寄っていくウッドロウさん。その表情はどんなものか…背中に隠れて見えないが、決して穏やかなものではないだろう事はわかる声音。
が、しかし。流石に諦めてイクティノスを返すかと思われたグレバムは立ち上がると、勝ったと思うなと吼える。

「神の眼ある限り…私は無敵だっ!」

『ぐああああああああっ!?』

グレバムがイクティノスを再び頭上に掲げると、神の眼は激しく明滅を繰り返しながら凄まじい量の力をイクティノスへと向かい放出し始めた。

『いかん!神の眼の力を、直接イクティノスに注ぎ込むつもりか!』

『あんな事をしては、コアクリスタルがもたないわ!』

焦ったディムロスとアトワイトが叫ぶ。私から見てもわかるくらいにその膨大な量の力は許容を越えて飽和状態になっていた。

目先の勝利のために、使い捨てにする気!?

「この剣に神の眼の力を直接宿し、貴様らに直接!ぶつけてやろう!」

「やめろ!グレバム!」

「危ないウッドロウさん!」

ウッドロウさんが慌ててグレバムの暴挙を止めようと踏み出したのを、スタンが羽交い締めにして捕まえる。その間にも神の眼から迸る閃光がより一層激しくなっていき、そして――

「――がはあっ!?…ぁ…!?」

どさり、大量の血を床にぶちまけながらグレバムは倒れた。音もなく拡がっていく赤い水溜まりに沈む彼の体はぴくりとも動かない。凝らして視ても、もう肉体に魂がない…つまり、彼は死んだのだ。己の限界を越えて引き出した神の眼の力に喰われて。

『…愚かな…』

「ふん、全くだ。最期は自滅とはな」

姫の呟きにエミリオが同意する。

「イクティノス」

………………………。


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