月へ唄う運命の唄
ハイデルベルグの奪還8
「グレバム!今度こそ終わりだ!」
時計塔最上階。
吹きっさらしの屋上であるそこは、本来ならば時を知らせる為の鐘が吊るされている筈の場所。
しかし今はそこに鐘はなく、かわりに途方もない程に膨大な力を宿した巨大レンズ、神の眼が安置されていた。
そしてそのすぐ脇、長い間追い続け幾度となく逃し続けた大司祭・グレバム。
彼は私達の姿を横目でちらと一瞥すると、フンと鼻を鳴らし嫌悪を隠さずにこちらへと向き直った。
「貴様ら…まさかここまで来るとはな。――これはこれはウッドロウ殿下。先日、無様に逃げ延びたと思いきや、斯様に早くまたお会い出来るとは」
「そんな低俗な挑発に揺れる程、未熟な心は持ち合わせておらんよ」
グレバムはウッドロウさんに気付くと、にやにや笑いを隠しもせずに嫌味たらしく一礼する。しかしそれを難なく聞き流す様子は流石だ。
「ファンダリア王家の名にかけて、必ずお前を討ち果たす」
「フン、ならばこの剣で、貴様ら全員返り討ちにしてくれよう」
剣を向けたウッドロウさんに対し、グレバムが抜いたそれは五本目のソーディアン・イクティノスだった。
『みんな俺に構うな、さっさとグレバムを倒せ』
そしてそのコアクリスタルからは若い男性の声が響く。
彼が、イクティノス…。
「さらに貴様らには取って置きの褒美をくれてやる。神の眼の力、今こそ見よ!」
何をするつもりなのか、彼はイクティノスを頭上に掲げると声高にそう叫ぶ。
激しく鳴動する神の眼。迸る白雷にも似た閃光。一際強く輝いたと思えば、次の瞬間にはサイズこそ飛行竜には及ばないものの、巨大な体躯の飛竜が産み出されていた。
邪悪な光を宿した緋色の相眸、剥き出しの牙。それは敵意をもって私達へと向けられていた。
『……!、なんて厄介な……!!』
「ちいっ!本当にな!!」
間無しに放たれる火炎のブレスを転がりながら回避しつつ、エミリオと姫が叫ぶ。相手は飛竜。こちらの手の届かない遠距離から今のようなブレスを連発されてはあっという間に丸焼きにされてしまう。……こうなったら!!
「リオン!あいつは私が引き受ける!」
「はぁ!?馬鹿を言うな!あんなのに一人で勝てるわけがないだろう!!」
「だからといってこのままアレに狙い撃ちされてたらそれこそ全滅しちゃう!ここは唯一飛べる私があいつを引き付けておくから、その間にみんなはグレバムを倒して!!」
やめろ!と制止するエミリオを無視して髪留めを外した私はすぐさま空舞を起動すると空へと飛び立つ。
「ウッドロウさん!チェルシー!二人は弓で援護をお願い!」
「く…任された!」
「了解しました!一意専心、あんなトカゲさんなんか穴だらけにしちゃいますっ!」
鼻先を掠めるように飛び回る私を鬱陶しいとでも感じたのか、飛竜は幸いにも私を最優先目標に変えたらしく近付く先からブレスを吐き、鋭い爪と牙で襲いかかってくる。
途中途中で援護するようにウッドロウさんとチェルシーの矢が何本も飛竜に突き立っていくが、大したダメージにはなっていないようだ。
『走査してわかったけどあのトカゲ、どうやら神の眼を媒介にした半生命体みたいね』
「よっと…どういう事?」
『私達で言う式神みたいなものよ。つまり完全に自立した生命体として構成されたわけじゃなくて、常に神の眼から存在維持のための力を送られている。要するに、術者であるグレバムを倒せば存在を維持出来ずに霧散する筈よ!』
なるほど。大してダメージがないのはサイズに大して攻撃が小さいせいだけじゃなかったわけか。
力が供給されている限り殆ど不死身に近い存在…ね。けど、消滅させたらどう!?
「急急如律令・六纏豪雷孔!!」
空中で制止した私の背後で六つの電気の塊である球体が形成。次いでそれぞれが激しく明滅すると同時に六本の光の帯が飛竜目掛けて射出され、それらは飛竜の体へと到達するまでに一つの巨大な破城槌となるように融合、その胴体を消し飛ばし粉砕した。…が、力を失い首と翼だけになった飛竜が墜落し始めたのも束の間。みるみる内に消滅した部位が再生し、力強く羽ばたくと一層の敵意をもって私へと体当たりを繰り出してくる。
「うわぁっ!?…何あの再生速度!?有り得ない!!」
普通の生物なら胴体丸ごと消し飛んだら死んでる筈なのだが、やはり力の源である神の眼ないし術者をどうにかしないと駄目らしい。
建御雷神に次いで消耗の大きい豪雷孔を使ったのは失敗だったかも知れない。もう何度も大きな巫術を使うだけの巫力が残ってない。
慌てて仕返しの体当たりを旋回して回避しつつ攻撃用の爆雷符をばら蒔いて起爆させるが、やはり効果は大してないようだ。
『このお馬鹿!!だから言ったでしょ無駄だって!』
「ごめんなさ〜い!」
姫に本気で怒鳴られながら、飛竜の攻撃を回避しつつ布都御魂の雷剣で引き付けるように斬りつけていく。再生速度が並じゃない。いつぞやのケイブクイーンが可愛いくらいだ。
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