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月へ唄う運命の唄
ハイデルベルグの奪還7

重苦しく降りる沈黙。過酷な真実と、現実。そして彼の頑なな覚悟に誰もが二の句をつげずにいた。…そして、不意に金属が擦れる独特な音がその場に響いた。

「ウッドロウさん、何を!?」

スタンの驚く声にそちらを見れば、腰の剣を抜いた彼の姿があった。
まさか、よせ、というルーティとマリーの二人を制しダリスさんの前へと進み出たウッドロウさんは、その剣先をダリスさんへと突き付ける。

「立つんだ、ダリス=ヴィンセント」

「覚悟は出来ている。どのような報いも受けるつもりだ」

「よかろう」

ふらつきながらも気丈に立ち上がったダリスさんの言葉に、目を薄く細めたウッドロウさんが応える。
やめてくれ!マリーさんの悲痛な叫びは聞こえているのか、いないのか。彼はそのまま剣をその首目掛けて勢いよく振るい――

ぴたり。目を閉じたダリスさんの首、薄皮一枚の位置で止まった。はらりと幾らか切断された長髪が床に落ち、刃が触れた首筋からは僅かに血が流れる。が、それだけだった。彼の首は未だに繋がったまま、そしてその剣はやがてウッドロウさんの腰の鞘へと納まった。

「いつまでもここに居てはいけない。急いで城から落ち延びるがいい」

まずは傷を癒せ、そして後日自分を訪ねて来い――対話を拒まず、父とは違うやり方を取る。
意図をはかりかねたダリスさんの問いに答えるその顔は依然厳しいまま…しかし、それは親の仇に向けるそれとは違う。"王として"民と真剣に向き合う覚悟を決めた――そんな顔だった。
先のくだりは、彼なりの処罰というか、区切りのための一種の儀式だったのだろう。これで今回の件は終わりにしよう、そして次へと…前へと進もうというメッセージ。

「存分に戦おうではないか。この国の歩む道を決めるために…刃でなく、言葉を交える事でな」

そこで漸く、笑顔を見せ両手を拡げる。自分は全てを受け止めよう、受け入れようとでも言うかのように。
なんて、大きな人なんだろう。これぞ王の器。未だに"こういう世界"に疎いままの私ですら感じとれる程の大きさ。この人が次代の王であるならば、この国の安泰は約束されたも同然…そう思わずにはいられない。

「賢王と言われたイザークの息子は、父をも越える傑物だったか…私の負けだ」

そんな彼の言葉に涙を流し、頭を垂れるダリスさん。そしてその身体にしがみつき、もう二度と離れるものかと泣き崩れるマリー。
その場には暫く、二人の嗚咽だけが静かに響き渡っていた。

――時計塔上層階の、どこまでも続いていくかのような長い長い螺旋階段をひた走り登り続けてゆく。そんな私達の中に、マリーの姿はない。
彼女はあれからひとしきり泣いて落ち着くと、パーティを離脱したいと申し出てきた。
「今は戦士としてではなく、妻としてダリスの傍に居たい」――記憶を失くしていた2年もの長い間、離れ離れでいたのだ。しかも今は私達との戦いで負傷している。そんな彼を放っておける筈もない事は無理からぬ事だった。
そんな彼女の願いを聞き届ける事は吝かではなく、あのエミリオも「負傷したから置いてきたとでも適当に報告するさ」と暗に承諾の意を示した。
素直に送り出してくれる彼の優しさが嬉しくて、思わず手を握って笑いかけたら照れたのか「勘違いするなよ、どうせ連れて行ってもこんな状態では足手まといにしかならんのは明白だ」とか言ってそっぽを向いた。
耳まで真っ赤にするくらいなら言い訳なんてしなきゃいいのに、と可愛さに笑ったらシャルでチョップされた。まだちょっとじんじんする。
そうしてダリスさんに寄り添ったマリーと別れた私達は、時計塔へと入り下層・中層階の機関部を抜けここまで辿り着いた。
途中途中で現れる反乱軍の兵士や魔物達を退けつつ走り抜けていくと、やがて階段の終点、最上階へと続く内部階段が見える。
全員で顔を見合せ頷き合い、互いに覚悟を固めて一気に駆け上がる。そうして階段を登りきったその先で――


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