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月へ唄う運命の唄
ハイデルベルグの奪還6

ダン、と地を蹴り真っ直ぐに突進してくるダリスさん。まずは生意気な女を黙らせようとでも思ったのか、その狙いは私。大上段からの斬り落としの一閃、いつかのスタンを思わせる直線的な軌道を読んで軸をずらし、下で刃を受けるとその衝撃と力を利用し自らの体を風車のように回転・狙うはガラ空きとなる後頭部への柄頭での殴打――"斬禍"――
ゴヅン、鈍い音が響き遠心力で倍加されたその一撃はしかし、驚くべき反応速度で後頭部へと回された金属製の鞘によって受け止められた。

読まれた!?

初見ではまず見切られる筈のない高速の返し技を受けられた事に驚く。
そんな私の隙を突こうとこちらへと刃を返した左からの斬撃は銀の装飾剣によって遮られ、空いていたダガーにより脇腹を裂かれたダリスさんは一旦距離をとるべくバックステップ。

「ありがと」

「油断するな、仮にも一軍を率いる戦士だ。いつぞやの案山子とは違う…行くぞ」

案山子ぃ!?と後ろの方で上がった間抜けな声を無視して今度は二人で並走し追撃。
傷を負った側の右を私、反対の左をエミリオ。速さを持ち味とする私達二人の攻撃を受け続ける実力は見事ながら、しかしその許容は無傷でいられる程じゃない。左右から繰り出される三つの斬撃は少しずつ彼の腕や足、胴体に傷を与えてゆく。
分が悪いと踏んで連携を嫌った大振りの横の一薙ぎを羽姫で下から弾き上げ軌道を上方へと逸らし、空いたスペースへ潜り胸を斜めに裂くが咄嗟に上体を反らされた為に僅かに浅い。
峰打ちはしない。返り血が頬に飛び散り付着した時に一瞬見えた景色を意志の力で捩じ伏せてさらに刀を振るう。
ぐらついた身体に追撃をと右腕を斬り落とす勢いで振るわれた装飾剣は身を大きく捻る事で躱されるも、その大きな動作の隙にダガーが半身に見えた背に一筋の赤線を刻む。同時に反対側の腿にも刀の一撃。
致命傷となるような攻撃こそ防がれるものの、その手数によりだんだんと鈍っていく動き。そうして、それから間もなくして決着がついた。
突きの一撃を受け流す力で独楽のように回転、その突き腕に対しての返しの横薙ぎは慌てて引いたダリスさんの手首を斬り裂き、ついにその手からナイトブレードが落ちる。痛みに呻く彼の鳩尾にエミリオの硬いブーツに被われた爪先が突き刺さり、蹴り飛ばされた彼はそのまま床に転がった。

「ぐおっ…!!」

「ダリス!」

血塗れとなった夫のその姿に耐えきれなかったマリーが弾かれたように離れて見ていた一団から飛び出す。駆け寄って最愛の人を抱き起こすその顔にはすでに涙が溢れている。
…やっぱり、彼女は戦わせないで正解だった。
愛し合っている筈の二人が傷つけあうのは悲しすぎるし、辛すぎる。関係の無い私ですら、胸が痛いんだから。

「大丈夫か?」

「ンぅ…うん、大丈夫だよ」

不意に頬に付いた返り血をエミリオがハンカチで拭ってくれた。いきなりだったから変な声出た。

「あの時みたいにはもう、ならないから」

同じヘマはしない。何より、多分アレは思い出しちゃいけない気がする。…現に今も少し息がしにくいし、薄く吐き気がする。参ったな、平気だと思っていたのに、結構症状が重い。

「――私はこの国を新たな方向へと導きたかった…国民全員が、政治へと参加出来る…そんな国に」

静かに語りだしたダリスさんの声に、意識をそちらへと戻す。

『考え方自体は間違っておらん、むしろとても進歩的じゃ』

「だが…かつての私は、事を急ぎすぎた」

理想の実現で頭がいっぱいになり、権利を主張するだけだった。イザーク王にも多くの背負うものがあった筈なのに、当時はそれが見えていなかったために動乱を引き起こしてしまった。

「マリー、巻き込んですまなかった」

「水くさい事を言うな、私はお前と居られればそれでいいんだ」

マリーを逃がした後、捕らえられ牢獄に繋がれた二年という歳月は考えを改めるのに十分だった。武力による闘争は、何も生み出しはしない…と。
グレバムによって解放された時、今度こそはと思った。しかし、その時には既に同志である仲間達は既に奴によって掌握されており、人質として取られたも同然であった自分には彼らを守るためにも従うより道はなかった。奴の間違ったやり方では、この状態も長くは続かず遠からず鎮圧されるだろう…そうなった時、責任を取るのは自分以外にはない。

「そんなの、あんまりじゃないですか!ダリスさん、マリーさんの気持ちも考えて下さい!せっかく記憶を取り戻して、あなたに会いに来たのに!」

スタンが叫ぶようにして訴える。だがそれに対してのダリスさんの反応は、諦めたように力なく笑うだけだった。


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