月へ唄う運命の唄
剣聖杯(前編)3
「ううん、住めるだけでもありがたいもん」
撫でられて気持ちいいのか少しだけふやけた口調で返す。
「それならいいけど…そういえばクノンちゃん、お勉強はどう?」
「ん…多分、大丈夫。ちょっとずつコツを掴んできたから。」
二人の言う"お勉強"とは、この世界における常識や語学などの一般教養だ。どういう理屈か、意志疎通としての会話はそのまま特に学ぶ必要もなく出来ているのだが、文字の読み書きが全く出来ない。これでは生活に不便どころか、とても職に就くことなど不可能である。
と、いうことで。文字の読み書きなどの語学、世界の歴史や情勢などを中心に勉強を開始して早二週間程度。
事情を知る、という事でマリアンを専属の家庭教師に屋敷の離れにて隠れ住んでいる。勿論、件のヒューゴの息子にも会えてはいない。
「それじゃあ、髪、結っちゃいましょうか。…それと、2つ、ヒューゴ様から預かりものがあるから渡すわね」
クノンの長い髪をポニーテールに結いながら声をかけてくる。
「預かりもの?」
クノンが不思議そうな顔をしていると、扉の外に立て掛けてあったのか、マリアンは細長い袋に包まれた棒状のものを二本持ってくる。
「はい、これ」
「これ…もしかして!」
細長い袋は実は鞘袋。開けてみれば一本は黒漆塗りの太刀、もう一本は同じ形状の木刀が入っていた。
クノンは太刀の方を手に鯉口を切り、鞘から引き抜いてみる。
「刃渡り78センチ、重さ約910グラム、デザインや造りはクノンちゃんのほぼ注文通りよ。それと木で出来た方はヒューゴ様から練習用にって」
抜き身の刀身を一通り眺めた後、試しに正眼に構えてみる。…予想以上に馴染む感覚に満足する。
「わぁ……うんっ。これなら!」
「ふふ、満足したみたいね」
歓喜に顔を綻ばせるクノンを見て、マリアンも微笑む。
この刀はクノンによるオーダーメイド。聞いた話では、ダリルシェイドではやはり刀剣の類は分類としては両刃や片刃の西洋剣しか基本的には扱っていないらしく、日本刀に類する刀剣は造ってはいないらしい。
しかしそこは、オベロン社総帥のヒューゴを介して、持ち主になるクノンとの綿密な打ち合わせの末に出来た異例の特注品だ。…ちなみに、木刀はヒューゴの厚意によるプレゼントだが、刀は所謂出世払い(勿論契約書作成済み)である。
当初、元々持っている刀身のない紫桜姫に刀身を付けようと試作段階のものを付けてみた所、目釘を打ったそばから砂鉄の如く試作の刀身が何本も崩れてしまい、刀匠が終いには半泣きになったために一から全て造る事になった経緯がある。
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