月へ唄う運命の唄
君の隣で4
「…………ね、もしかしてだけど、私が倒れた時の事、気にしてる?」
そう私が問えば、頭を預ける彼の肩が一瞬びくりと跳ねた。
やっぱり、そうなんだ。
甲板に居るとだけ言って姿を消した彼が気になって、食後の談笑もそこそこに切り上げ探しに来てみれば、やけに悲しそうな・悔しそうな…それに苦しそうな。そんな表情で空を仰ぐ彼を見つけた。
そしてそんな彼を見た瞬間、突然きゅうと私の胸が締め付けられた。
耐え難い苦しみに喘ぐような顔をする彼を見たくなくて、そしてそんな彼に触れて支えたくて、気が付けばこうして寄りかかってしまっている。
……もしかしたらそうなんじゃないかと思って、しかしながらそれは自意識過剰なのではないかと否定して。けれど、結局はやはりそうだった。
彼は自分のせいだと、自分を責めていたのだ。それが原因でこのところ様子がおかしかったみたい。
嫌われてなくて、良かった…なんだかんだ言っても不安だったから。
「……〔よかった〕……」
「?今、何か言ったか?」
「ううん。でも、そっか。うん。エミリオは、悪くないよ。私が弱かっただけ、私の"覚悟"が、足りなかっただけ。それにこれからはもう大丈夫だから。敵でも味方でも犠牲は少ないに越した事はないけれど、私が剣士である限りそういう場面は避けられないだろうし、もしかしたら私自身が誰かを殺める事もきっとある。現に飛行竜の任務では実際に犠牲が出る所を見てきた。だから、もう傷付いてまで庇ってくれなくても大丈夫。…私も、エミリオの"隣"で戦わせて」
「お前……」
驚いたようにこちらを見つめる視線を感じながら、もう少しだけ身を寄せる。感じる彼の体温と鼓動の振動が心地好い。彼の匂いに癒される。
………あぁ、やっぱり、私は彼の事が好きなんだなぁなんて、少し蕩けた頭に浮かぶ言葉にさらに蕩けてゆく。
どれくらいそうして無言の時を過ごしただろうか。さざめく波の音に海鳥の鳴き声。柔らかく響く、甘いアコースティックギターの優しいアルペジオ…
…………アルペジオ。
………………………………………………………………………………………………ん?アルペジオ?
ハッとして二人同時に身を離し振り返ると、いつの間に用意したのか、というかどこから持って来たのか、ビーチチェアにゆったりと寛ぎながら目を閉じて悠々と飴色のギターを奏でるジョニーさんの姿。
その少し向こうには甲板への出入口の扉を薄く開いた隙間から覗く何組かの目。
これはもしかしたらもしかしなくても。
急速に顔が熱を持ち始め、ぽっぽと蒸気が頭の天辺から吹き出すような錯覚に襲われる。
「あわわわわわわわわわわいいいいいいつつつからそここここに居たんですかジョニーさん!?」
『落ち着きなさいな。言語が大分愉快な事になってるわよ?』
「ん?だいたい30分くらい前かな?いい雰囲気だったもんでこれは盛り上げなくちゃと血が騒いでね。いやぁおかげでいいナンバーが出来たぜ」
指弾きしていた手を止め、へらりといい笑顔を向けられる。
「あああああ……」
恥ずかしすぎて目には涙まで浮かび、体がぷるぷると震えだしてきた。カタカタと腰に提げた剣の柄から金属質な音が響き、やがてその振動でかスラリと鞘を滑る音が聞こえる程だ。
………いや待って、私、剣なんて提げてない。ましてその剣を抜いてもいない。
「……遺言はそれでいいな?安心しろ、首は故郷に届けてやる」
地獄の底から響くような低いテノール。ハッとして隣を見れば、耳まで真っ赤にしながら悪魔のような微笑みを浮かべたエミリオがシャルを構えたところだった。
「そこで覗き見してる貴様らもだ!!大人しく出てきてそこへ直れ!順番に叩っ斬ってやる!!」
ぎゃーーっ!!!!っと叫びながら一目散に逃げ出すジョニーさん+ルーティ、フィリア、スタンにマリー。間一髪紙一重で避けたジョニーさんの代わりに哀れなビーチチェアは見事に縦に真っ二つになっていた。
私はといえば、恥ずかしさのあまりその場にへたりこんで茫然自失。相変わらず顔は熟れた林檎のように真っ赤なままの涙目。
『本当に愉快な仲間達ね』
くすくすと本当に楽しそうに笑う姫の笑い声だけが、やけに虚しく私の頭に響いていた。
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