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月へ唄う運命の唄
君の隣で3

「甲板に居る。何かあれば声をかけろ」

そう言い置いて僕は食事の席を立つと、真っ直ぐに甲板へと出、手摺に背を預けて空を仰いだ。

『坊っちゃん、まだ、気にされてるんですか?』

「……なんの話だ」

『モリュウでの戦いの事です』

言われる事は予想出来ていたのだが、実際に図星をさされてしまうと言葉に詰まってしまう。
事実、僕はあの戦いでの失態について非常に落ち込んでいた。正確には、あの戦いまでずっと思い違いをしていた自分に、だ。
それまでずっと、クノンが人を殺せないのは死んだ後の醜い(と思われる)死者の姿を視てしまうせいだと思っていた。実際、幼き日のあの体験は聞くだけでも地獄絵図ものの壮絶さだったし、実際に目の前で見せ付けられれば僕とて正気でいられたかは疑問だ。
それにストレイライズ神殿では皆殺しにされていた人々の死後の姿を視て涙を流していたりもしていた為、僕が彼女を守るべくしてきていた事は正しかったのだと思っていた。
が、実際は全くの無駄ではなかったにしろ、完全な正解でもなかったわけだ。

――彼女のトラウマは別にあった。

――しかも僕自身が原因でフラッシュバックまでも起こさせてしまった。

そのフラッシュバックの内容までは紫桜姫には聞けずにいたし、まして本人に確認なぞ出来る筈がない。
だが、恐らくは僕がバティスタを殺したあのシーンにそのトリガーがあったに違いないだろうし、彼女に人を殺させないように遠ざけ、僕自身でもその現場を見せないようにしていた努力を、よりによって一時の感情で台無しにしてしまった。

これが落ち込まずにいられるか。

さらに、普段は強固な自己暗示により剣士としてのパーソナリティを保つ彼女ではあるが、"とある事情"によってその強固な筈の精神を守る壁が脆くなっていたところに、図らずも僕が追い討ちをかける形で刺激を与えてしまった為にそれが崩壊してしまったのだと紫桜姫から聞かされている。
そしてその事情とやらも、どうやら少なからず僕が絡んでいるらしい……明言こそ避けてはいたが、十分それとわかる発言だった。

目を閉じて再び空を仰ぐ。
聞こえてくるのは穏やかな波の音に船の周りを飛ぶ海鳥達の鳴き声、時折軋む船の木の音に流れていく潮風の音。
海を行く黒十字の航海は順調なもので、アクアヴェイルに入るまではしばしば起きていた海の魔物による船上での戦闘も、今では殆どなくなっていた。
恐らくは十数隻から成る艦隊の、巨大魚が群れをなして泳ぐような異様が彼らの戦闘意欲を削いでいるのだろう。
無駄な体力を消費せずに済んで楽なのは助かるのだが、今はそれが少し煩わしく感じてしまう。戦闘になればこの鬱々とした気分も少しは紛らわせただろうに。

『あまり自分を責められるのもよくないですよ』

暫く黙っていたシャルが、気を遣うようにして声をかけてくる。

「あぁ…だが、それでも、な」

彼女に会わせる顔がない。が、それでも僕には彼女を避けるなんて選択肢はなかった。
気まずくはあるのだが、その気持ちを越えて彼女の傍に居たかった。それにあの戦闘から一晩明けて翌日には何事もなかったかのようにけろりとしていたので大丈夫だとは思いたいが、やはり心配だというのもある。

『……、そんなに気になるならいっそ直接訊ねてみてはどうです?』

「何をだ?」

『彼女の悩み事を、ですよ』

だからそれが出来れば苦労はしないと言うのに。……全く、わかってて言ってるな。
冗談が過ぎるぞ、とたしなめようと口を開きかけたところで、まるで予想だにしない人物から声をかけられた。

「どうしたの?暗い顔して」

その声に驚いた僕は閉じていた目を開き視線を下げた。

「青くないだけマシだろう」

目の前の人物からの視線を外すようにしてそのまま背を向ける。思わず出た自虐めいた冗談に、自分で馬鹿らしくなった。

「確かに」

くす、と笑って彼女は当たり前のように僕の隣に立つと、あろうことか手摺に両肘を預ける僕の肩に頭を乗せてきた。

「……おい」

戸惑いつつも抗議の声を上げるが、彼女は依然としてその体勢のままだ。
潮風に紛れて彼女の髪の甘い香りが鼻腔を擽り、不快にならない程度に預けられた重みから伝わる温度に心臓が過剰反応を示し始める。
こんな風に甘えてきたのは随分と久しぶりかも知れない。そして僕はそれを、以前よりも自然に許してしまっている。気持ち一つでこうまで変わるものなのか。

暫くそのまま、振り払う事も出来ずに時間が流れていく。
そうしてからどれくらい経ったのだろうか。不意に彼女が口を開いた。

「………ね、」


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