月へ唄う運命の唄
君の隣で1
「――どうしたのです?桜姫様」
「むぅ」
目の前の幼き主は、大きく栗鼠のように頬を膨らませてご機嫌斜め。白銀の艶糸のような煌めく髪に、藍の浴衣がよく似合う。
「大変愛らしいのですが、黙っていたままではわかりませんよ?」
「むむぅ…」
手に持つ林檎飴に乱暴にかじりつく。大体予想はつくが、解決するのは立場上あまり気が進まない。
「姉上、かたくるしい」
「そうは仰られても…」
「むうーっ」
「………はぁ…」
こうなるとこの方は大変頑固でいらっしゃる。血の繋がりのない彼女が本来一介の護衛に過ぎない私を姉と呼ぶ事にしても、以前盛大に大騒ぎされた挙げ句泣き出したので仕方なく折れた結果だ。このような事、御館様に許しを乞うわけにもいかないのでこうして二人きりの時限定という事にしてなんとか機嫌を直して貰えたのだが。
ため息一つ、仕方無く折れる事にする私はなんだかんだとこの方に甘いのだろう。
「全く、しようのない娘だ。君はせっかくの縁日だというのに、そんな顔で楽しいのか?」
ご要望にお答えして口調を崩す。
「ほら、このお面を買ってあげるから機嫌を直してくれ、さくら」
露店の男に金を支払い、愛らしい仔狐のお面を主の頭に乗せてやる。
「わぁ、ありがとう、ゆかり姉様!大好き!!」
ぱあ、と途端に笑顔を咲かせる可愛い妹分。この笑顔には骨の髄まで溶かされてしまいそうだ。
実のところ私は、無邪気で無垢なこの娘が可愛くて仕方がない。繋いだ手の小ささと柔らかさに、私は今日ばかりは立場を忘れる事に決めたのだった。
(――それは、遠く遠い夏の夜――)
※p7流血注意!
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