月へ唄う運命の唄 不器用に10 「ねぇバティスタ。聞きたいことがあるんだけど、いい?」 『なんだよ?』 「どうしてあんなにフィリアに突っ掛かっていたの?それに私の思い違いじゃなければだけど…必要以上に恐怖心を煽ろうとしてなかった?」 例えば、戦闘開始の合図になった、最初の不意打ち。あれはフィリアを狙うふりをして、その実反応してくるだろう私を攻撃する事で実際に傷を負う可能性を…血を間近で見せつけるのが目的に思えた。…攻撃の一瞬手前、目が合ったから。 それにその後も。エミリオを挑発して隙を作る意味もあったんだろうけど、わざわざ"悲鳴で興奮する"だなんて猟奇的な発言をフィリアにぶつけている。エミリオの隙を作るだけならそれをフィリアの方を振り返ってまで向ける意味はない筈。 『………』 「それに、結局あなたはフィリアに直接手を出してない。ファイヤーボールを蹴り返した時、スタンへ正確に蹴り返してた。あれだけ正確に狙えるならフィリアだって狙えた筈なのにそうしなかったし、最後の攻撃だって多分本物だったのは殺気だけで攻撃そのものは手加減されてた」 いくら満身創痍だったからといって片腕が使えない私が身体能力を強化したバティスタの攻撃をああも上手く弾けたのは、今思えば少し不自然だった。 最初の攻撃を見ればわかる通り、人間を何メートルも吹き飛ばせる程の膂力なら、女の私・まして片腕では単純に押し負けていた可能性が高い。それはフィリア自身が完全に追撃の一手を受けきっていた事が何よりの証拠と言える。 力の一番強いスタンならともかく、か弱いと言って差し支えないフィリアが受けきれるわけがないんだから…って言ったら少し彼女に失礼かも知れないけど。 『さァなァ。気のせいじゃねぇの』 『そうかしら。やたらフィリア、フィリアと…しきりに気にしてたじゃない』 「うん。それに、やけに帰れって繰り返してた」 う、と言葉を詰まらせるバティスタ。私はじぃ、とそんな彼を見つめる。 落ち着かないようにあちらこちらへと視線をさ迷わせていた彼は、やがて観念したかのように深い溜め息を吐くと、その場にどかりと腰を下ろした。…そして不貞腐れたように。 『……わりぃかよ』 一言。 『あぁ、やはりそうなのね』 納得したかのような姫の反応だが、私はいまいちそれだけではわからない。 「姫、何がやっぱりなの?」 『…と言ってる子がいるけど?私から言った方がいいのかしら?』 クスクスと含み笑い。 『あぁもううっせぇな!今更キャラ取り繕ってんじゃねぇよガキんちょ!!…〜〜っ!…あぁわかったよクソ!!好きな女を危険な目に合わせたくなかったんだよ!!これでいいかクソッタレ!』 『…まぁ正直に話した事に免じて、今の失言は聞き流してあげましょう。えぇ、それはもう大空のように広い心で』 いや、姫。流せてないから。なんか襖の上に般若みたいなオーラが浮かび上がってるから。大空どころか、どこかのおばけ屋敷みたいなんだけど…ともあれ。 「そっか」 フン、と真っ赤になってそっぽを向くバティスタに、素直になれない誰かがふと重なる。そして気付く。 「もしかして、あぁも頑なにグレバムに従っていたのは…フィリアを守るため、なの?自分がグレバムに従い、手駒になる事でフィリアを巻き込まないように。最初に彼女を石化させたのも、もしかして」 『俺が進言した。"こんな貧弱な奴は必ず足手まといになります"ってなぁ。おかげで遠ざけられたと思ったのに、あの馬鹿野郎…』 ガシガシと頭を掻いて悔しそうにこぼす。 「だからあんなにしつこく帰れって言ったり、煽ったりしてたんだね。どこかで折れてくれるように」 …でも彼女は折れなかった。彼女をよく知るバティスタの予想をも越えて、遥かにその意志は固く心は強かった。 『不器用ねぇ…そういえばこの男、最期まで想いを打ち明けなかったのよ。今生の別れだというのに』 と、いじられた仕返しなのか、姫がそんなことを唐突に暴露した。 「そうなの?もし良かったら、私、協力するよ。あなたの口を寄せてあげれば、あなた自身の言葉に出来るから」 『あ?…"口を寄せる"…?それの意味はわかんねぇが、なんとなく大きなお世話だってのはわかった』 それが未練で此処に居るのなら、そう思っての提案だったのだが、どうやら違うようだ。 『ったく、どうせ死んだ身だ、今更恥も何もねぇし人生の先輩として教えといてやる。いいか、俺があいつにもし気持ちを伝えたとして、それが何になる?生憎あいつを"縛る"趣味なんてねぇんだよ。言っちまえば確かに俺だけはすっきりするだろうが、言われたあいつは馬鹿みてぇに甘ぇからその言葉を一生抱えて生きる事になる。仮に受け取った想いに報いたかったとしても、その相手は居ねぇんだ。俺はあいつを不幸になんかしたくねぇんだよ』 「………」 『それにあいつは、1ミリも気持ちに気付いちゃいねぇし、俺も気付かせねぇようにしてたからな』 言ってる意味は、わかる。私だってもし自分が彼の立場なら、恐らくそうする。…よくよく考えれば、エミリオよりも私の方がバティスタとは似た者同士なのかも知れない。私達は揃って、想いを秘めたまま好きな人を守るために行動している。彼は私の"if"なのかも知れない。そう思っていたら、知らず苦笑してしまっていた。 『…なんだよ?その顔は。バカにしてんのか?似合わねぇってよ』 「うぅん、そうじゃないよ。私も同じようにするかもって思っただけ」 『あん?…あぁなるほどな。じゃあもう一つ言っておいてやる』 ふっ、と力を抜いたように一瞬だけ笑みを浮かべたバティスタは、私の頭に手を置いて。 「?なに?」 『テメェはさっさと告っちまえ』 「ええ!?」 『ええ、じゃねぇよ。テメェらとは短い時間で敵としてしか関わらなかったが、それでも俺とは違うっつぅのはわかる。だから俺みてぇにはなるな。"死んでも"幸せにゃあなれねぇぜ』 ぽんぽん、と小さい子供をあやすようにして私の頭を軽く叩くと、バティスタは立ち上がって襖の方に向き直る。 『まぁこんなもんだろ。紫桜姫っつったか?そろそろ頼むわ』 その声を受け、すぅ、とやはり襖をすり抜けて艶やかな着物を纏った銀髪の女性が姿を現す。…って。 「姫…だよね?そのお面は一体…?」 『可愛いでしょ?』 …うん、まぁ、可愛いけど。 姿を現した姫の顔には、縁日の屋台で売ってそうな可愛くデフォルメされた狐のお面が被せられていた。材質は私の時代のようなプラスチック製じゃあなさそうだけど。こんなの被っていたらそりゃ子供扱いもされると思う。身長も込みで。 『…あとでクノンはお仕置きね』 「なんで!?」 『五月蝿い。…じゃあ始めるわ。バティスタ、私の前に』 『あぁ。…んじゃ、フィリアの事は頼んだぜ。最後まで守ってくれたアンタになら託せる』 「………うん」 手にしていた扇で示された位置にバティスタが移動する。姫はぱん、と柏手を打つと、聞き取れない程の小声で祝詞を詠みつつバティスタの周りをゆっくりと一周し…ふわりと、一枚の羽根が舞い降りるように身体を落とした。 『――浄』 最後の一音が紡がれると同時、バティスタの身体はこの世界に溶けるようにして消えた。 大切な人を守って戦い抜いたあの人は、とても満足そうに笑っていた。 2014/10/16 2015/04/10加筆修正 next.... [*前へ] [戻る] |