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月へ唄う運命の唄
不器用に9

――夜。

冷たい風が頬を撫でる感触に、沈みこんでいた意識がゆっくりと浮上していく。

私、一体……痛ぅっ!?

ずきりとこめかみの辺りに鋭い痛みを感じ、思わず顔をしかめつつも寝かされていた布団から身体を起こす。
周りを見渡せば畳に襖に床の間………に、どういうわけか豚なのか猫なのかよくわからない謎の生物をかたどったぬいぐるみが鎧兜を着込んで脇差し(恐らく模造刀)を片手にどっしりと鎮座している。背後には"威風堂々"とえらく達筆で書かれた掛軸が掛かっており、そのせいかぬいぐるみの表情がどことなくドヤ顔に見えてこなくも…ないような気がする。
ここまで和式(?)でありながら天井を見上げれば吊られている照明が小型のシャンデリアだったりと、相も変わらずツッコミどころが豊富な風景に思わず苦笑するが、どうやらここはモリュウ領内の宿らしいと理解した。

『目が覚めたようね。気分はどう?何か覚えてる?』

「ん…えと、確かバティスタと戦ってて…うーん…?」

あの時、フィリアを庇ってバティスタの爪を弾いて…カウンターを受けそうになったのを今度はフィリアに助けられて…あれ?それから…?

そこから先が思い出せない。…いや、なんとなく映像は浮かんでくるのだが、映像の上に黒い靄がかかってやけに視界が悪いためにはっきりと認識出来ない。まるで何かに邪魔でもされるかのようにフィルターがかかってしまう。

「……?なんなの。ハッキリ思い出せない。何か、見たような気はしたんだけど…」

と、懸命にフィルターを取り払おうと思考を巡らせているところに、重要な事を思い出した。
戦闘はあの後どうなったのだろうか。自分が生きてここに戻ってこれている辺り、恐らくは勝てたのだろうが。

「そういえば姫、バティスタは…?」

『その辺りは、"本人"にでも聞きなさいな。…ほらいつまでそんなとこで自縛霊みたいに俯いて突っ立ってんの、よ!』

『ぬぉあっ!!』

ガスっ、という音がして、バティスタが閉じられたままの襖を"すり抜けて"寝室に転がって来た。
…あれ?姫、今外に居るの?というか、もしかして…バティスタは結局。

『…ッッ痛ェなこの幼女!!いきなり蹴りくれるたぁどういう事だコラ!!』

『黙りなさいこの三下。いいからクノンの質問に答えなさい。それと誰が幼女だこう見えてお前の50倍近くは年上よ』

『あぁわかったよ訂正してやんよロリババァになあ!!…あででででで痛ぇ全身がクソ痛ェ!!何しやがっ…あだだだだだだだやめろマジやめろ!!』

………………………………………………………………………………………………。

なんだろう、凄くシリアスな空気だと思ったのにこの残念な展開。珍しく姫が外に出てるみたいだけど襖の向こうに居るみたいでやっぱり姿が見えないし。ていうかなんか性格違う?

『雑魚の分際でわたしに喧嘩売るとはいい度胸ね。閻魔の元に送る前に一足早く地獄を見せてあげる!』

『あぁエンマァ!?んだそれ戯言はまな板の上でほざけ!…あぁまな板はテメェの可哀想な絶壁のほuおぶぃう!?……くぉ…こ…コラ…そこ…ソコはマジシャレになら…おぎゃぁああああ!?』

『誰の胸がおせん(※)ですってぇええっ!?』

『ソレが何だか知らねぇが言ってねぇえええっ!!』

ひとしきり姫の呪術によるお仕置きに七転八倒しながら悶絶していたバティスタは、暫くしてその責め苦から解放されて肩で息をしながらフラフラと立ち上がる。どことなく内股気味なのは見てない事にしよう。
そして音もなくこちらへと歩み寄り…、困ったような顔で固まった。
何かを言いたいけれど、どう切り出していいかわからない、そんな表情だ。

『…よう』

「…バティスタ」

『わかっちゃいると思うが…念のため言っておくぞ』

「ん。…やっぱり、もう死んじゃってるんだね。でもどうして、魂が無事なの?あなたの体にはレンズが入ってたんじゃ…」

そうなのだ。レンズをその体に取り込み、戦闘能力を飛躍的に高めていたという事は、その魂を代償にしていた筈なのだ。そうなれば例外なく魂はレンズに食い尽くされ肉体すらも残らない。
それが死して尚こうしてここに存在している、というのはこれまでとは明らかに異なっていた。

『それなんだが…どうやら最後の一撃、あれがちょうど体の中に入ってたレンズに当たったらしくてな。そのまま押し出されて分離しちまったらしい』

…なるほど、完全に取り込まれる前に物理的に剥がしたおかげで消滅は免れたんだね。

「そっか…。そういえば」

不思議と少しだけ安堵した私は、戦闘を観察していた時からの違和感について訊ねてみることにした。既に人生が終わっているせいなのか、背負い込んでいたものを降ろしたように妙にすっきりした顔をした今の彼なら答えてくれそうな気がしたから。

(※おせん…おせんべい。カリカリ香ばしい醤油味/京言葉)


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あきゅろす。
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