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月へ唄う運命の唄
ほんの少しの。7

そうしてスタンも無事に起こして間も無く、私達はアクアヴェイルを構成する三領の一角、シデン領へと入った。
街へと入って、広がる光景に思わず息を呑んでしまった私の様子に訝しげな顔をしたエミリオがどうかしたのかと訊ねてくる。
なんでもないよ、とだけ言いおいて歩を進める私の背中に心配そうな視線が当たっているが、今はそれを言ったところで何の意味もない。
驚く程、日本の文化に近いのだ。鎖国体制を敷き、独自の文化が発展しているとは聞いていたものの、これはまるで江戸時代の日本の風景だ。ところどころ他の国や違う時代の文化も混じってはいるようだけれど、家で見た歴史の教科書に載っていたものによく似ている。

《驚いたわね。私達の世界でいう西洋文化圏に似たこの世界において、こんな場所があるだなんて。》

うん、私も驚いたよ。姫から見てどう?

《ちょっと滅茶苦茶な部分もあるようだけれど、概ね鎖国時代の日本のそれね。…まるで実際の時代を"モデル"にでもしているかのようだわ…ふむ》



それきり姫は黙りこんでしまう。
ともあれ今はこれ以上は追求のしようがないため、意識を切り替えた。

「じゃあちょっとマリーと二人で情報を集めてくるわ」

姫と秘匿通話している間にちょうどそんな流れになっていたらしく、パーティを離れたルーティとマリーは街の奥へと姿を消して行った。暫く目立たない場所で二人を待っていると、世間話に花を咲かせている住人達から気になる単語が耳に入ってくる。
悪いかなとは思いながらも耳をそばだてていると、おおよそ知りたい情報が手に入った。
曰く三領を統括する大王であるトウケイ領のティベリウスは、外部から参謀としてグレバムを迎え入れ、モリュウ領を武力制圧し交通網を封鎖したとの事。それを受けてシデン領の三男が何の為にかモリュウへと潜り込んだらしい。
交通網を封鎖されているのにどうやって行ったのだろう。そんな風に考えていると、今度は辺りを気にするようにコソコソと私達に近付いてきた男が居た。

「男二人に女二人。情報とは違うようだが、異国風の出で立ち。そこの女は仲間か?」

「そうだが何か用か」

怪しむようにフィリアに視線を向けた男に、油断なく柄に手を添えたエミリオが警戒しつつ答える。

「途中で増やしたのか。ならば問題はない、助っ人は多いにこした事はないからな」

そう言って男は、私達を誰と勘違いしたのかモリュウ領へと続く海底洞窟への情報を教えてくれると、そのまますぐにまた周りを気にしながら離れて行ってしまった。
そこへ入れ違いに情報を手にしたルーティ達が戻ってきたのだが、意図していなかったとはいえ既に知り得てしまっていた情報だと知るとルーティはげんなりと肩を落としてしまった。わざとじゃないんだけど、なんかごめんね?

「バカヤローって叫びたい」

「付き合うぞ」

……うん、なんかほんとにごめん。

ともあれ、軽く物資を補給した私達は、シデン領の南に位置する海底洞窟からモリュウ領へと渡るために街を出ることにした。

――そうして海底洞窟に到着した私達は早速中へと足を踏み入れる。
なんでもこの洞窟は最近地盤が緩んできているらしく、ところどころで崩落が起きている上に魔物の数も多いらしい。さらに洞窟の奥にはそれら魔物の主ともいうべき強力な個体までが出るのだとか。そういうわけであまり長居はせずに早足で抜けるようにと注意されていた。
周りを見れば確かに崩れた壁や唐突に空いている穴などがちらほらと散見される。地盤に影響を与えるような大きな術は控えた方が良さそうだ。…下級でも紫電弓のような貫通性能の高いのも危険な気がするので、剣術が主体になる。

「みんな、ちょっと止まって」

群がって来る魔物達を蹴散らしながら暫く洞窟を進んで行くと、ふとルーティが立ち止まって皆を呼び止めた。

「ちょっと小銭が溜まり過ぎちゃって動きにくいから、財布の中身移しかえちゃうわ…ちょっと待ってて」

『何かと思えばそんな事か』

せっせと財布を整理し始めるルーティにディムロスがため息を吐く。すると手を滑らしたらしいルーティがお金をぶちまけてしまった。

「あー!みんな拾って!」

「全く何で僕がこんな事を」

「まぁまぁ、やっちゃったものはしょうがないよ」

不満たらたらのエミリオを宥めながら回収したお金をルーティに渡していく。が、どうやら1ガルド足りなかったらしく、ルーティは慌ただしくどたばたと走り回りながら探し始めたのだがそれが災いしたらしい。ごごご、と地面が低く唸りを上げたかと思うと、突然ルーティの足下が崩れ、助けようと飛び出したスタンもろとも大きく口を開けた地面に吸い込まれていってしまった。


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あきゅろす。
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