月へ唄う運命の唄
ほんの少しの。6
翌朝。日の出から間も無くして目を覚ましたエミリオは、一瞬何が起きたのかわからない、といった調子で目をしばたたかせたかと思うと、危険を察知した野生動物もかくや、といった勢いで私の膝から飛び退いた。
その顔はといえば頬は勿論耳まで真っ赤になっていて、思わず私自身もつられて赤面してしまうくらいだった。これにはさすがに、エミリオを膝枕したままうつらうつらと居眠りしていた私の意識もはっきりと覚醒してしまう。
「お、おはよ。よく眠れた?体調はどう?」
「………」
背中を向けたまま答えようとはしないエミリオ。まぁ、さっきの動きを見る限りは大丈夫そうだけど、一応念のため。
私は立ち上がると、背中を向けたエミリオの正面に回り込んで顔色をチェックしようとする…が、くるりと再び反対方向に回転されてしまった。
「リオン?」
「……………」
もう一度正面に回り込んでみるが、またまたくるりと回転されてしまう。ちょっと。
「あのー……?」
カチャリ、と下の方で何か不穏な金属音がした。と思うと、そのままスラリと朝日を浴びて輝くシャルの刀身が目の前に突き出される。そのまま一度勢いをつけるかのように僅かに後退したかと思うと、次の瞬間には勢いよく振り下ろされた。
「ひゃああ!?」
ぶおん、と一瞬前まで私が居た空間を、縦一文字に鋭い刃が切り裂いた。次いで横薙ぎに刃を返して追撃してくる。たまらず羽姫を召喚してシャルを受け止めると、今度はいつの間に抜いていたのかダガーが私の前髪を掠めた。
「ちょ、ちょっと!?待っ…わひゃあ!?」
息もつかせぬと凄まじい勢いで振るわれる二刀の連撃を辛うじて受け止め、弾き、躱していく。
ほ、本気!?…いや、よく見るとその顔は微笑んでいる…ように見えるが、目が笑ってない。え、なんで?もしかして怒ってる?
「起きたら!覚えておけと!言った!はずだが!!」
「いや、待って、ちょと、落ちつ……わっ!?」
いつになく本気で振るわれるエミリオの猛攻。鋭い金属音の連続に眠っていた仲間達も眠たげに目を擦りながら起き出してきたようだ。
「ふわぁあ〜、朝っぱらから稽古?真っ青になって倒れてた癖によくやるわね〜」
「うーん、稽古というより、なんだかクノンさんが一方的に攻められているだけのような…?」
「二人とも精が出るな、元気なのはいいことだ」
「みんな起きたんなら見てないでリオンを止ーめーて〜〜!!」
――数分後、漸く気が済んだらしいエミリオは肩で息をしながらフンと鼻を鳴らすと、剣を収めて荷物を纏め始めた。私はといえば、突然の襲撃を凌ぐので精一杯で息も絶え絶えになっていた。
エミリオ、また少し強くなったみたい。もう剣だけじゃ完全に勝てないや、さすが男の子。
『ふわ、ん…おはようクノン。彼ももうすっかり元気みたいね。ゆうべのアレが効いたのかしら』
今更起きたのか、くすくす笑いながら姫が話しかけてきた。その声に反応したのかエミリオがこっちを睨み付けてくる。…やめて、お願いだから。
「ん?ゆうべのアレって何かあったの?」
興味津々といった調子でルーティが食いついてくる。気のせいか脇の方から感じる視線に殺気が混じり始めたような気がする。余計な事言ったら間違いなく晶術でも飛んできそうな気配だ。
「なんでもないよ。酔い止めのお薬飲ませて寝かせてあげてたってだけ」
前半は嘘だけど。私としても男の子に膝枕してあげてたなんて恥ずかしくてとてもじゃないけど言えないし。
「なるほどね。ほんじゃそこのねぼすけ起こして街に行きましょ」
ルーティはそう言って興味を失ったように踵を返すと、あの騒ぎの中でも平然と眠りこけていたスタンをごろんごろんと転がして起こし始めた。
いつもの事ながら、スタンは大物だと思う。色んな意味で。仮眠の筈がそのまま全力で寝てたものだから、マリーと私で交代して寝てたしね。
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