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月へ唄う運命の唄
ほんの少しの。5

ノイシュタットを出発して数日。私達一行は大小多数の島々から成る海上連合国家・アクアヴェイルの領海へと到着した。
島の輪郭が見えたところで夜を待ち、数人乗りの小型の船へと乗り換えて闇に紛れる形で上陸するのだけれど、それに当たって凄まじい形相で一心不乱に船を漕いでいたのは意外にもエミリオだった。
それまでとはまた別の意味で話し掛ける事すら躊躇われる鬼気迫る様子に、どうしたのかと顔をよく見てみれば納得。可哀想な位に真っ青。
どうやら私の贈った耳栓の効力が限界だったようで、恐らくは船酔いを誤魔化すためと一刻も早く上陸したいという気持ちからだったみたいだ。

「………僕は決めたぞ。二度とボートには乗らん。絶対にだ…うぷっ」

「お、お疲れ様。言ってくれれば新しいのあげたのに」

一歩地面に足をつけた途端に、形振り構わず膝をついて吐き気を堪えるエミリオの背中をさすってやる。

『大方言い出すのが恥ずかしかったのでしょう…貰っておきなさい。街の地形や状況によってはボートでの移動が増えるわよ』

『はは…多分、図星です』

いつもならここで余計な事を言うな、とシャルに釘を刺していたんだろうけど、今はもうそんな気力すらないみたい。乗り物に弱いって辛いんだね。

「一回出しちゃった方がいいよ?多分。ちょっとそこの草むらとかでいいから」

背中をさすりつつ促してみるも、その場から動く気配はなし。このまま落ち着くまで耐えるつもりらしい。

「意外な弱点ね…うう、なんだかあたしまで気持ち悪くなってきたような」

本当に気分が悪くなったのか、ルーティまで顔色が悪くなっている。
とりあえず一度休憩をとるにしろ誰かに見つかって怪しまれない場所に移動する必要がありそうだ。
私はエミリオを立ち上がらせると、ちょうどよく見つけた岩場の陰まで移動した。皆もちゃんとついてきてくれている。

「ほら、お水飲んで…大丈夫?」

「すまない」

本当に申し訳なさそうに俯くエミリオ。…仕方ない、か。

「みんな、とりあえず今日はここで夜を明かそう。時間も遅いし街へ入るのは朝にしよ」

「わかった。潮風で体も冷えたし、火を起こすのに枯れ枝でも拾ってくる」

「私も行こう」

スタンが頷いて立ち上がると、マリーもそれに着いていった。フィリアとルーティは二人でマントを分けあいながら岩壁を背にして座り、眠る準備を始める。

「リオン、少し横になる?」

「いや…いい…うっ」

暫くしてから改めて訊くも、相変わらず真っ青な顔で吐き気を堪えてる。ボートの上で酔いながら無理矢理運動したせいで余計に悪化したみたい。具合悪い時くらい無理して意地張らなくていいのに…しょうがない、かな。ちょっと、いや…だいぶ、恥ずかしいけど。
ちら、とルーティ達の様子を盗み見る。どうやら今しがた二人とも寝に入ったようだ。これなら多分、平気だよね。

「まったく、意地っ張りなお兄ちゃんにはこうです」

照れ隠しにわざと嫌がる呼び方で言いつつ、ぐいと強引にエミリオの肩を引っ張り引き寄せる。そうして彼の頭を私の太股に乗せて横に寝かせた。俗に言う膝枕だ。

「お、おい!?おま、」

「しっ。静かに。二人が起きちゃうよ。私だって恥ずかしいけど、少し横にならなきゃ駄目」

恥ずかしさに紅くなった顔を見られないように彼の両目に手を被せて塞ぐ。
少し抵抗するような素振りを見せたけど、力が入らないのかやがて諦めたようにおとなしくなった。

「……起きたら覚えてろ」

「はいはい」

迫力のない悪態を聞き流し、そっとマントをかけてやる。
するとちょうど枝を拾って戻ってきていたスタンとマリーが目を丸くしてこちらを見ていた。苦笑いしながら静かにね、と軽くジェスチャーすると、二人とも微笑みながら頷いてくれる。
スタンは小型のファイヤーボールで火をつけると、マリーに番をお願いして先に仮眠に入った。マリーは私達が居る反対側、ルーティ達の隣に座り、火が消えないよう時々新しい枝を放り込みながら星を眺めていた。
少し大胆な行動だと我ながら思うけど。これはエミリオがずっと守ってくれていた事に対しての、私なりのささやかなお礼のつもり。好きだとは言えないけれど、これくらいならきっと、神様も許してくれるよね。


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あきゅろす。
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