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月へ唄う運命の唄
ほんの少しの。4

その翌朝の事だった。

私が朝起きてシャワーを浴びていると、慌ただしい足音が響きフィリアの叫び声が屋敷中にこだました。

「バティスタが居ません!!」

わざわざマリーの頭から外してまで、あの悪趣味極まりないティアラをバティスタに取り付けたのはこのためだったんだね。
私はフィリアの叫びを聞いて駆けつけているのであろう複数の足音を聞き流しつつ身体を拭いて髪を乾かすと、服に袖を通し階下のロビーへと降りた。
ロビーへと到着すると、既にフィリアは勿論スタン、ルーティ、マリーにエミリオとイレーヌさんまでが勢揃いしていた。

「降りて来たか。大丈夫か?」

「おはよ、って何が?」

思いつかずにきょとんとしていると、ボソっと「昨日のだ」と返してくれた。フィリアの事かと訊き返せば溜め息を吐かれる。…あれ?

《貴女の事よ。初めてだったんでしょう?尋問の現場は。きつい場面で参ってないか心配してくれてるのよ、彼なりに》

あぁ、なるほど。
エミリオが誰にも聞かれたくないと察した姫が私だけに回線を絞って教えてくれた。

「ありがと」

小さい声で、けれど安心して貰えるように精一杯の笑顔で答えると、今度は顔を背けられた。…耳が少し紅いよ?

《まったく世話の焼ける子なんだから》

放っといて。最近自分でも鈍いって思い知らされたばかりなんだから傷を抉らないで。

「さてクノンが降りて来た所でもう一度整理する。現在マリーから外したティアラの発信器からの信号は、アクアヴェイルを真っ直ぐに目指して進行中。夜中に港から小型船が一隻盗まれたとの報告をイレーヌが受けている事から十中八九僕が脱走させたバティスタで間違いはない。昨日奴が皮肉のつもりで漏らした情報から、恐らく先に此処を離脱したグレバムと合流を果たすつもりだろう」

遅れた私の為にか、丁寧に現状を説明してくれるエミリオはやっぱり優しい。そして一呼吸置いて、

「次の目的地は自ずとアクアヴェイルになるわけだが、これが厄介だ。現在アクアヴェイルとセインガルドは敵対関係に近く、奴らは国交を一切閉じていて大きな船では近付くだけで砲撃される恐れがある為そのままでの入国は難しい。そこでぎりぎりまでイレーヌの船に送って貰い、あとは目立たぬよう夜闇に紛れて小型船で入国する事になる…質問はあるか?」

ぐるりと皆を見回して特に問題はない事を確認すると、最後にもう一度イレーヌさんを見て。

「と、いうわけだ。頼めるか」

「わかったわ。貴方達には極力協力するように言われてるしね。船を手配するから、少ししたら港へ来て頂戴」

あまり気が進まないのか、イレーヌさんは苦い顔をしつつも承諾してくれたようだ。そうして彼女は一足先に屋敷を後にした。

「俺、用事思い出したから先に行ってるな」

私達が荷物を取りに部屋へ戻り、各々準備をしているとスタンが扉の向こうから声をかけてくる。わかったと返事をして送り出したはいいけど、どうしたのだろうか。

『ふぅん、あのスタンがね。彼もやっぱり、お年頃なのかしら』

「は?」

準備を終えて再びロビーへと向かう途中で姫がぼそりと呟く。その向こうでは少し先の廊下で

「スタンさんは年上の方がお好みなのでしょうか?」

「フィリア、あんたまさか本気で落ち込んでる?」

「いいいいえまさか!!そんなわけないです馬鹿げています有り得ませんっ!!」

なんて会話をルーティとフィリアが繰り広げている。

あれ、もしかしてスタンの用事って……

「そういうこと?」

『そういうことよ』

へぇ…そう、なんだ。あのスタンがね。確かにイレーヌさんは凄く綺麗な人だし、大人の魅力に溢れている。短い時間だけど接してて性格だっていいと思うし、強い信念と気高い理想を持っている。惹かれるのもわかるかも。
そういえば、カルバレイスのバルックさんも同じような感じだったな。
ただ、そんな人達でももしかしたら幹部としてヒューゴの計画に加担している可能性が高い、と思うとやるせない気持ちになってくる。
あまり人を疑いたくはないけれど、相手が相手なだけにそうも言ってられないのが悲しい。

ともあれ、しばらくして港へと到着した私達は、逃走を続けるバティスタを追ってノイシュタットを後にした。


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あきゅろす。
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