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月へ唄う運命の唄
ほんの少しの。3

「人の血で汚れる確率が低い、という意味で」

あぁ、と思う。フィリアに話しながら過去の任務を振り返ってみれば、そういう事だったんだ。
私が自分でも異様と思える位に名前が売れるのが早かった事も、エミリオが次第に擦れて人に対して心を閉ざしていった事も。
…恐らく、私は守られていた。そして彼は私を守る為に矢面に立ち、自身が傷付いていく事も構わずにずっと身体を張って刃を受け続けてくれていた。

――きゅうと胸が締め付けられる。彼がさりげなく守り続けていてくれた事に、人知れずぼろぼろになるまで身体を張っていてくれた事に。
この偏りは、私の代わりにエミリオが負の部分を肩代わりしていった結果。彼はきっと数え切れない程に人間の悪意や欲望に晒されてきたに違いない。犯罪者の取締りや要人警護とはそういうものだ。それに"あの"ヒューゴからの極秘任務にしたってロクなものではないだろう。邪魔な者は消す、という行為を息をするかのように簡単にやってのけるのだから。かつてその片鱗を垣間見た私には容易に想像出来る。
…エミリオを、マリアンを守りたいと頑張ってきていたつもりが、その実気付かない内に守られてしまっていた。それが悔しく情けなくて、けれどどうしようもなく嬉しくて、胸がどんどん苦しくなる。

「クノンさん、どうかされたのですか?」

「っ」

自分でも無意識の内に胸を抑えていた私の手の上に、フィリアの柔らかな手が重ねられる。

「凄く、苦しそうなお顔をされていますが…今のお話に関係が?」

「……」

どう答えようかと迷っていると不意に視界が暗くなり、ぽふっと柔らかいものに顔が包まれる。フィリアに抱き締められたのだと気付いた時、頭の上から優しい声が降って来た。

「クノンさんも、お悩みがあるのですね。深くは訊ねません、ですが私の胸でよろしければいつでもお貸し致します。…先程、貴女がそうしてくれていたように」

柔らかく微笑んでいるのがわかるくらいに優しく、暖かな声音。髪を梳く指の感触がたまらなく心地好い。あまりに気持ち良くて、気を抜けば眠ってしまいそうな意識をフィリアの穏やかな鼓動がノックして繋ぎ止めてくれている……私は、少しの間だけそんな彼女に甘えさせて貰う事にした。


「――ん…」

「あら、目が覚めたようですね……きゃっ」

がばり、と勢いよく身を起こす。どうやら結局あのままフィリアに抱かれて眠ってしまったらしく、いつの間にか膝枕に体勢が変わっていた。

「ごめんなさいっ!寝ちゃっただなんて」

「良いのですよ。ふふ、凄く可愛らしい寝顔も堪能させて貰いましたから」

「か、可愛いだなんてそんな…それに私、フィリアを励ましたかったのに」

急速に熱を持ち紅くなったであろう顔を自覚しつつ、申し訳なく思いながら謝ろうとすると笑顔で制された。

「それも大丈夫です。辛かった時にクノンさんが支えて下さったおかげで、私も時間はかかりましたがしっかりと受け止められましたから」

そうはっきりと言う彼女の顔には、確かに先程までの不安定な影はない。しっかりとした芯のある眼差しに戻っている。基本的に、彼女はとても強いのだ。

「それなら、いいけど」

女の子同士とはいえ、やはり寝顔を見られた(しかも恐らく結構な時間堪能された)身としてはなんとなく気恥ずかしいのもあって顔を逸らす。

『若い女子同士の膝枕は良いものじゃったな…寝顔も愛らしかったし、いやぁ眼福、眼福』

「!?」

突如として響いた声に仰天して固まる。

『こら好色爺、空気を読みなさい空気を。というか私の可愛いクノンを眺める許可を出した覚えはないわ』

声のした方を振り返ってみるが、肝心なクレメンテの姿が見えない。…あれ?

「紫桜姫さんの許可はともかく、安心なさって下さい。申し訳ないとは思いましたがクノンさんもやはり女性ですし、クレメンテにはこちらに入って貰いましたから」

そういってフィリアが指差したのは寝台の下についている大きめの引き出しだった。なるほど、見えないわけだ。

『音でなんとなく何をしておるかは想像出来たが、やはり直接姿が見えんと寂しいのう』

「良かった、見られてなくて。フィリアありがとう」

いいえ、と微笑むフィリアに私も微笑み返す。そうして改めてお茶を淹れ直し、少しだけ他愛のない会話を楽しんだ私達は眠りに就いた。


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