月へ唄う運命の唄 ほんの少しの。2 「ぐあああああっ!!」 身体中を走り抜ける致死量ぎりぎりの電流が、既に度重なる拷問により傷付いた男を焦がす音がする。 どさり、と恐らく失神したのであろう男は低く呻きながら床に崩れ落ちた。 その一部始終を男の傷がまるで我が身の事であるかのような苦痛にも似た表情で見守っていた心優しい少女は、ついに隣で同じく見守っていた少女の胸に顔を埋めた。 「……っ」 必死になって漏れそうになる嗚咽を堪えるフィリアをいたわるようにして髪を撫でつつ受け止めてやりながら、私は簡易的な痛み止めと治癒効果のある呪符をバティスタの倒れた背中に落とし、言霊を唱えた。街で負傷した住人達に使用したものと同じものだ。 ――バティスタを始めとする武装船団の構成員達は、一部を除いてノイシュタット付近の海域を根城にしていた海賊達だった。恐らくは神の眼による恐怖で屈服させたか、または儲け話があるとでも嘯いて買収したのだろう。そんな連中が神の眼に関する情報を持っている事は当然なく、大半は街の牢獄に収監された。 そこでグレバムの側近であったバティスタをイレーヌの屋敷まで連行し、空き部屋を借りて尋問する事になった。…が、予想以上にバティスタの口は固く、一向に吐こうとはしなかった為にリオンによる尋問も次第に激化していったのだ。 「ちっ、気絶したか」 「そこまでにしよう……ごめん、私フィリアを部屋まで送って来るね」 「あぁ」 未だに背中を震わせながら私に抱かれたままのフィリアをそっと促して、静かに部屋を後にする。ふらふらと覚束ない足取りで廊下を歩く姿は、胸が鋭く痛む程に痛々しい。 部屋に着いた私は、寝台の上に彼女を座らせると備え付けの台所を借りてお茶を淹れ、そっと彼女に手渡した。 「………」 俯いたままカップを受け取りはしたものの、それには口をつけようとはせず彼女の沈黙は続く。 心情を思えば仕方ないと思いながら、私も彼女の隣に腰を下ろして落ち着くのを待つことにした。 ――やがて彼女の持つカップから立ち上る淡い湯気が消えかかって来た頃、漸くぼそりと絞り出すような声が聞こえてきた。 「どうして、なんでしょう」 「ん?」 「どうして、バティスタはこんな事に加担したのでしょう」 その理由は、私にもわからない。脅されたとか、元からグレバムに賛同していたとか、いくつか考えられはしても確かめる術はない。 「ごめんなさい、わかりませんよね」 「うん……ごめんね」 再び降りようとする沈黙。それを嫌ったのかフィリアが再び問いかけてきた。 「クノンさんは…あの、ああいった事、慣れてらっしゃるのですか?」 「バティスタにしたみたいな事?」 「っ、えぇ」 「ううん、実はああいう現場、私も初めてなんだ」 「え?…でも、同じ客員剣士のリオンさんは…」 「彼は…多分、そうなんだと思う。軍属ではないとはいえ、王国の治安に関わる仕事だしね。でも、私はそういう現場に居た事も、まして執り行う事もなかった」 「どうしてか、聞いても?」 「簡単な話、機会がなかった、というより、多分ね、そうならないように仕向けられていたんだと思う」 少し苦笑を漏らしつつ、冷え始めた紅茶を啜る。 「思えば…うん。客員剣士になってからあまりに忙しかったり、色々余裕がなくて深く考えた事はなかったけど。仕事の分担に、物凄い偏りがあったんだ」 「偏り、ですか?」 「うん。私が基本的に街周辺の魔物の駆除や事務処理、たまに兵士との訓練や指導とか式典関係の警備、街の警邏なんかを担当。代わりにリオンが要人警護や犯罪者の取締りとか対人系の仕事にヒューゴ…様からの極秘任務を主にしてた。お互いに一緒に組んだりする事もあったけど、基本的に私は"無難な"仕事を割り当てられていたと思う」 「無難、ですか?危険なお仕事もあったのでは?」 私が"無難"と評した事に余程引っ掛かりを覚えたのか、フィリアは俯いていた顔を上げて小首を傾げた。 「うん、無難。そう、無難なお仕事ばかりだった」 [*前へ][次へ#] [戻る] |