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月へ唄う運命の唄
桜吹雪に何想う11

巫力によって実体・固定化した雷そのものの刀身は、ソーディアンのような一部の例外を除いて一切の加減なくあらゆる物を簡単に溶断してしまう。鉄であろうが、人であろうが一切の区別なく。元々が人との戦闘を前提としていない術式であるため、出力が大きすぎるのだ。
その為、対人戦闘においては普通(とは少し違うが)の日本刀である羽姫を使っていた。

「"殺しちまわないように"ってか?テメェも甘ちゃんだな!」

「殺してしまったら、罪を償う機会まで奪ってしまう。だから私はっ!」

ガン!!と再びぶつかり合う爪と刀。びりびりと響く衝撃は膂力の差を持ってクノンの腕を弾き、空いた胴へと爪が迫る。それを辛うじてバックステップで回避するが、服の胸元に爪の一部が薄く引っ掛かったのか三本の切れ込みが走った。

「それが甘いってんだよ。これは殺し合いだぜ?お望みならひん剥いてやるだけにしてやるがな」

「戦闘中の私を動揺させようとしても無駄だよ。大人しく縛について!!」

服の損壊を気にして剣士は務まらない。そんなものは些事であるとばかりに三度刀を振るう。
斬り、蹴り、突き、当て身、打ち合い、躱し…踏み込む姿勢で上体を軽く上に揺らして意識を誘導。

「――と見せかけて下からってなぁ!!」

空気を裂きながら六本の鋭利な爪が左右から振り下ろされる。…が、凶悪な両の斬撃に手応えはない。

「あ?」

バティスタの間合いの外、まだクノンはそこからは"動いていない"。その筈なのに。

「がふっ!?」

背中に走る激痛に咳き込むと、口から血が吐き出される。
バティスタの背には、一筋の刀で斬られたような傷痕が走っていた。ただし、正確には斬られてはいない。刀の峰で殴られてついた傷痕である。

「てメ、何…を…!?」

「回り込んで峰打ちしただけ。死にはしないから安心していいよ」

「ち…くしょ………」

どさりと重い音を立ててバティスタの身体が床に崩れ落ちる。
クノンが何をしたのか、それはここが船の床の上でなければ足跡で理解出来たのかも知れない。
意識を誘導した後、半歩だけ踏み込み相手の攻撃を先出しさせ、上下に意識させた相手の視線から身体を横に回転させながら逃げつつ、相手の背中の位置に到達した時に勢いをつけて攻撃。そのままさらに回転し続け元の立ち位置に戻る。
ちょうど惑星の周囲を回る衛星のような動き…地球と月の動きを考えれば想像し易いかも知れない。
バティスタの痛みに対する反応が極端に遅かったのは、巫術による強化でその移動と攻撃の速度が尋常でなかったせいだ。

さて、みんなの所に行かなきゃ。

くるりと背を向けて未だ僧兵達と戦闘中の仲間達の元へと向かおうとした時だった。

「……だから、甘ぇってんだよ!!」

「!?」

気絶したと思われたバティスタがいつの間にか再び起き上がり、背を向けた隙を突いて斬りかかって来ていた。気が付いた時には、その凶刃は目の前に。

――しまっ!?

「クノン!!」




…………?

来る筈の痛みがいつになっても感じられない事を不思議に思い、思わず閉じてしまっていた目を恐る恐る開いてみる。
するとそこには、シャルティエによりバティスタの攻撃を受け止める少年の姿。

「リ…オン…?」

「油断するとは、らしくないな…スタン!」

「わかってる!!だぁああっ!!」

「ぐぁあっ!!!」

さらに横から飛び込んできたスタンの一撃によって、今度こそバティスタは昏倒・完全に沈黙した。

「あり、がとう」

突然の事に思わず脚の力が抜けてしまった私は、その場に座り込んでしまった。
どこか怪我でもしたのかと心配したエミリオが身体を支えてくれる。私の顔を覗き込んでくる、不安げに揺れる綺麗な紫紺の瞳。

「おい、大丈夫か!?……っ!」

と、突然ぐるんとその顔が直角に背けられた。
そして彼は自分の薄紅色のマントを外すと、そのまま強引に押し付けてくる。見れば心なしか頬が紅くなっている気がする。

「リオン?」

「……羽織って前を隠せ」

あ。

思い出して胸元を見れば三つに裂けた布地の間から僅かに肌と下着が露出してしまっている。

「ごめん、借りるね」

ありがたく受け取って羽織る。そうしている間に周りの戦闘も無事終了したらしく、ルーティ達が駆け寄って来た。

「バティスタ」

倒れ伏したバティスタを、痛ましげに眺めるフィリア。胸の前でぎゅっと握り締めた手が僅かに震えている気がする。ノイシュタットに来る前の話からすると、もしかしたら二人はかなり親しい間柄だったのかも知れない。
敵に回ってしまったとはいえ、やはり簡単には割り切れないのかも知れない。

――そうして武装船団を制圧した私達は、バティスタを始めとする構成員達を余さず拘束すると港を目指し船を引き返した。


2014/05/31
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