月へ唄う運命の唄
桜吹雪に何想う7
「オベロン社の理念は、何度も説明した筈よ!?私達が資本を投下しているのは、フィッツガルドの発展を願っての事だわ!」
「新しく来た連中が儲けているだけだろ。元から居た人間は貧しいままだぜ」
イレーヌさんが返した言葉は、あっさりと切り返されてしまった。彼女も現状を理解しているようで、視線をチャンピオンから外しては言葉に詰まってしまっている。
セインガルドの人間の出る幕じゃないとさらに詰り続ける彼に、黙っていられなかったらしいスタンが飛び出した。横から割って入られたチャンピオンは苛立たしげにスタンを睨む。
両者一歩も引かずに一触即発。もし荒事にでも発展するようなら、電撃お見舞いしてでも止めようと心に決めた矢先、そんな空気はチャンピオン自身のすっかりひっくり返った叫び声によって打ち破られた。
「こ…これは!?」
厳つい顔についた意外につぶらな瞳を驚愕に目一杯見開き、凝視する先に居るのはスタンを心配して止めようとしていたフィリアだった。
フィリアはフィリアで突如上がった素っ頓狂な声に驚いて硬直している。
それをチャンスだと思ったのか、あろう事かチャンピオンはいきなりフィリアに向けて求愛し始めた。やれハートにビビっと来ただの、理想の女性だの…………えぇぇぇぇ…
「き………キモチワル…ナニ、あの無理に上げようとしてひっくり返った猫撫で声…」
『厳つい顔を真っ赤に上気させてタコみたいになってるわね…墨吐かれる前に捌いて活け作り…いえ無理ね。気持ち悪くて吐くわ』
「あんたらいつになく酷いわね…ああいう手合い駄目なの?」
「『生理的に無理』」
「…仲良いわね…」
姫と二人で声を揃えれば、突然の展開に先程までの毒気をすっかり抜かれてしまったのかルーティは苦笑い。
「一緒に栄養ドリンクなどどうです?」
お茶じゃないの?
「もしくはヒンズースクワットとか!」
脳筋ですかそうですか。…いや口説き文句にそのチョイスって…いや冗談、だよね?…え?正気?
『しびれるような口説き文句じゃのう』
『いきなり性格変わったわね』
ちょっとボケ入っちゃったお爺ちゃんは黙ってて。
「あ、そ、その、私は…」
すっかり困り果ててしまったフィリアを背にしてスタンが庇うと、どういう理屈なのか闘技場での決闘を申し込んでくる脳筋タコ坊主。…意味わかんない…。
『スタン、付き合う必要はないぞ。我らには遊んでいる時間は無い』
などと止めていた筈のディムロスだったけど、スタンを挑発した際の"なまくら"発言で彼の方に火が着いちゃったみたいで、本気で憤慨している。
そんなわけで結局、挑発されるがままに決闘に応じる事になってしまった。声は聞こえてなかったみたいだし、完全に偶然だろうけれどブレーキ役のディムロスまで一緒に煽られたのが災いしたみたい。
「何してるの…」
もうなんだか色々馬鹿らしくなっちゃった私は、闘技場に向かうと言うスタン達と別れてエミリオの分のアイスを買うとイレーヌさんの屋敷に向かって歩き出した。
とりあえず、万が一でも負けて帰って来た日にはティアラの分も上乗せして電撃の刑にしようと決めた。
「――はい、お土産」
「貰っておいてやる」
イレーヌさんの屋敷に戻ってきた私は、早速エミリオに買って来たアイスを渡すと、自分の分も取り出して食べ始める。
「私の前でまで意地を張らなくてもいいのに。笑ったりしないよ?」
「何の事だ?…ほう、中々だな」
買って来たのはスタン一押しのバニラ味だ。うん、冷たくて美味しい。確かに、このお店のアイス食べたら他じゃ買えなくなりそう。隣で一心不乱に食べてるエミリオもなんだかんだで頬が緩んでる。
…なんだか久々に安らいだ気分。このところ殺伐としていたり悩んでいっぱいいっぱいになってばかりいたからかな。
と、気が付くとエミリオが私の顔をじっと見つめていた。
「何?」
「いや、……そう、だな。悩みはもういいのか」
!そういえば心配かけてたんだった。
「うん、もう私の中で折り合いついたから」
「そうか」
ふっと肩の力が抜けたような、穏やかな笑み。この柔らかな笑い方は……。
「ありがと、エミリオ」
「フン、いつまでも悩んでうじうじしているようなら叱咤してやろうかと思っただけだ。他意は無い…ほら、頬に付いているぞ」
「え…………っ!!!!」
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