月へ唄う運命の唄
桜吹雪に何想う6
………?
不思議に思って探ってみると、姫の気配が無くなっている事に気付いた。
「姫?」
その時、昔嗅いだ覚えのある甘い香りが鼻腔をくすぐり、何かと思って辺りを見回してみる。すると、つい一瞬前には居なかったはずの人物が、私に背を向けて桜を眺めていた。
その人物は、身長がおよそ145センチ前後の小柄な女性だった。光を弾くような綺麗な銀髪は腰よりも長く、風に靡いて軽やかに舞っている。着ているものは、平安時代の人のような艶やかな藍色の着物だ。背を向けられているためよくはわからないけれど、泣いているような、哀しい気配を漂わせている。
――もしかして、この人…姫なの?
そう思った次の瞬間にはざぁっと突如吹いた突風に視界を閉ざされてしまい、次に目を開けた時にはその人物は幻のように消えてしまっていた。
「あんたどうしたの?ぼーっとして」
ぽんぽんと肩を叩かれ我に返ると、ルーティが心配そうに私の顔を覗き込んでいるところだった。
姫の気配も、もういつも通りに私の中にある。
「ううん、なんでもないよ」
ほんの数秒間、ひょっとしたら一瞬。けれど確かに、私が見たのは姫だと思う。桜に、何か思い入れがあるのかも知れない。あれだけ姿を知られるのを嫌がっていたのに、それを忘れて思わず出てきちゃう程に。顔は見えなかったけれど、凄く綺麗な人だった。容姿もそうだけど、何より身に纏う雰囲気が。同い年なのに、全然そう思えないくらい素敵だった。…憧れちゃうな。
「またなんかぼーっとしてる。ほらアイスキャンディー買うわよ。ちゃんとしてないとあんたのだけ変な味にしちゃうんだから」
「わ、変な味って何!?やめて美味しいの食べたい!」
ルーティに悪戯されないよう思考を打ち切って慌ててついていくと、どうやら先客が居たようで、どの味にしようかしきりに悩んでいるようだった。
…あれ?あの人って…。
声をかけようか迷っていると、近くに居たスタンに気付き相談し始めた。やがてその人はスタンのアドバイスに従ってバニラ味を買うと、少し離れたところから物欲しげに店を眺めていた子供達にもアイスキャンディーを振る舞う。
「ほらほら押さないの。ちゃんとみんなの分もあるから」
その光景を、何処か疎ましげに見つめるルーティ。
「…どうしたの?」
「金持ちの偽善って、嫌いなのよね」
…あれが、偽善?うーん…。
ルーティの言葉の真意を図りかねていると、何やら広場の入口の方から野太い男の声が響いてきた。
「チャンピオン様のお通りだ!全員注目!」
やがていかにも荒っぽそうな厳つい男達の後ろから、さらにその3倍は軽く厳つい筋肉おば………大男が姿を現した。髪は剃ってでもいるのか太陽の光をよく反射し、筋骨隆々とした肉体を誇示するかのように上半身は裸。ご丁寧に"チャンピオン"らしく腰には豪華なベルトまで巻いている。その姿を見た子供達は「コングマンだ!」と目を輝かせて彼に飛び付いていた。
…あんな風貌の割に、子供達には懐かれているらしく、飛び付かれた彼は子供達の頭をわっしわっしと笑顔で撫でては抱き上げたりして喜ばせている。
「なに、アレ…」
『さぁ?…せっかく感傷に浸っていたというのに、おかげでぶち壊しよ』
先程見た姫の姿が綺麗だった分、今目の前に居るチャンピオンの姿が非常にきつい。月とスッポンどころの話じゃない。もう例えるものがないレベル。
彼はひとしきりファンサービス(?)が終わると、子供達にアイスを振る舞った女性に向かってつかつかと一直線に突き進んではいきなり因縁をつけ始めた。
「貧しい者に施しをするのは、さぞ気持ちがいいだろうなぁ」
「施しだなんて思っていないわ」
そう否定した女性に向かい、いかにも忌々しいといった表情をあからさまに浮かべたチャンピオンは、さらに罵声を浴びせる。
「金で全てが買えると思うなよ、イレーヌ=レンブラント!フィッツガルド人の魂までは、絶対に売り渡しはしねぇ!」
…あぁやっぱり、彼女がイレーヌさんだったんだ。屋敷に飾ってあった肖像画の女の人によく似ていたから、もしかしてとは思ったけれど。
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