月へ唄う運命の唄
桜吹雪に何想う5
不思議といえば、そのレンズハンターの相方をしているマリーもまた不思議な人だ。
その天然系なのほほんとした性格故に普段は大袈裟に意識する事はないものの、彼女は記憶喪失者だ。それも、ルーティと出会った時にはもう記憶をなくしていたらしい。
彼女と出会うその日まで、マリーが何処でどのような人生を送っていたのかは本人含めて誰にもわからない。辛うじて推察出来る事といえば、おそらく彼女は長く戦場に身を置いていた事がある、という位だろう。記憶をなくしてなお、常人より優れた戦闘能力を持つソーディアンマスターの相方を務められる程の武芸者。
つまりは、記憶をなくした程度では失われない程身体に染み付いた戦闘の経験を持っているという事。
このパーティーの中で、この二人が最も謎に包まれていると思う。
「――……もフッ!?」
…と、色々と考え込んでいる内にイレーヌさんの屋敷に到着したらしい。ろくに前を見ないで俯きながら考え事をしていたせいで立ち止まったエミリオの背中にぶつかってしまった。
「……」
「ごめんなさいぼーっとしてましたごめんなさい」
お願いだからそんな残念なものを見るような目で見ないで。この間からキャラが崩れてるのは十分自覚してるから許して。
私がエミリオからの視線攻撃に耐えていると、屋敷の扉が開き中から使用人が姿を現した。
どうやら主人であるイレーヌさんは留守中であるらしく、私達は彼女が戻るまで屋敷の客間にて待たせて貰う事となった。
ソファに身を沈め出された紅茶をいただいていると、イレーヌさんの帰りを待ちきれなくなったらしいルーティが口を開いた。
「マリー、アイスキャンディー屋って何処にあるの?」
なんですと?
何故ここでアイスキャンディー屋が出てくるのかを隣に居たフィリアにこっそり訊いてみると、どうやら私があれこれと考え込んでいた間にアイスキャンディー屋を見つけたマリーが一人で買い食いしていたらしい。…何それ狡い。羨ましい。というか自由過ぎでしょマリー。
場所を聞き出したルーティが暇潰しに買いに行くと言い出し、それに追従するスタンとフィリア、それにマリー。…まだ食べるの?て、待って。
「私も行く!食べたい!」
アイスキャンディーなんてこの世界に来てから食べた事ない。元の世界ではよくスーパーでお母さんに買って貰って食べてたっけ。…懐かしいな。
「リオンはどうする?」
「僕は此処でイレーヌを待つ」
「誰かが残らないといけないもんな。ならリオンの分も買ってきてやるよ」
そう言って笑いかけるスタンに、甘い物に興味はないと突っぱねるエミリオ。嘘つき。ほんとは甘い物大好きな癖に。子供っぽいって思われそうで嫌なのかな?
なんだか可愛く思えてにやにやしてしまう。
「おいクノン。なんだそのだらしのない顔は」
「だら…っ!?」
酷いっ。なんか傷付いたから仕返ししちゃえ。
「あーあ、せっかくリオンの分も買ってきてあげようと思ったのに。そーゆー事言うんだ。そーなんだ。ふーん」
「………、まあ、お前がどうしてもというのなら、貰ってやらなくもない」
「いーんだよ、無理しなくても。私リオンの分も食べちゃうから。マリーさんに対抗して」
「アイス対決か?」
自分で振っておいてなんだけど、アイス対決って何。相変わらず彼女の思考回路はよくわかんない。
「……お前、何をそんなに拗ねているんだ?」
「拗ねてませんっ」
好きな人にだらしない顔って言われてちょっぴり傷付いただけです。
「あはは、あんたも可愛いわね。ほら行くわよ」
「え、ちょっ」
ルーティによってぐいと腕を引かれるままに連れ出されてしまう。そのまま半ば強引にアイスキャンディー屋のあるらしい広場まで連行されてしまった。
その広場では、なんとも意外な光景が広がっていた。緑の多い此処で一際目立つ、目に鮮やかな桃色。しんしんと降り積もる新雪のような柔らかい花の絨毯。
「――桜だ」
そこには数多くの桜の木が植えられており、ちょうど今が旬なのか見事に満開であった。
綺麗…。
『………』
私の中で、姫も見惚れているような気配がする。…と、ふわりとその気配が唐突に"抜けた"。
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