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月へ唄う運命の唄
桜吹雪に何想う3

さて時間は少々巻き戻り、スタン達がカードゲームに興じていた頃。追跡船の個室にて一人寝台の上で寝返りをうつ少女はため息を吐いていた。

…なんだか、憂鬱。
一体何が憂鬱なのかと言えば、それは未だに"いつもの自分"のやり方が思い出せないせいだ。戦闘中はともかく、そうでない時などはどうしたって意識してしまうし、離れていても隙あらば彼の事を考えてしまう。そのせいで常の立ち居振舞いが出来ないでいる。
…これが初恋であることを差し引いたって、こんなにも自分の脳内が恋愛一色に染まってしまっている事に自己嫌悪せざるを得ない。おかげでこうして半分嘘をついてまで一人きりになるはめになっている。

「――まぁ、まだ本調子じゃないのは本当なんだけどね…」

はぁ、とまた吐き出されるため息。

『いつまでもうじうじうじうじと、何を考え込んでるのかしら?』

呆れ半分、といった調子で姫が話しかけてくる。

「…じこけんおぉ…」

『あぁ成る程。頭の中身が彼の事で埋め尽くされてる自分が恥ずかしいのね』

…図星。

『別にいいんじゃないかしら。埋め尽くされていても。その程度で貴女自身の目標が失われる事はないでしょう?目標に向かう理由が一つ増えただけじゃない』

「え?」

『"家族のように慕う人を守る"、その中に"愛する人もいる"。…そうなっただけでしょう?むしろ前より明確にわかりやすくていいじゃない。"好きだから守りたい"だなんて、これ以上わかりやすい理由はないわ』

「あいっ……す、…すき…………」

ストレート過ぎる姫の発言にぼっと顔が熱くなる。今ならヤカンでお湯を沸かせそうだ。…あれ?お湯が沸くのはおへそだっけ?お湯じゃなくてお茶?

『だから別に彼の事が頭から離れないからって、へこむ必要はないわよ。むしろだからこそ、それが貴女の力になるはずだから』

けれどそれで周りが見えなくなるようなら、その時はびしっと叱ってあげる。…そんな風に言ってくれるいつもより優しげな姫の声に、こころなしか胸が軽くなったような気がした。
…そうだよね。気にしていたって仕方ないんだ。意識している事を意識していたってぎくしゃくするだけ、受け入れてしまえばそれが私の自然になる。

「ありがと、姫…」

『いいえ。…ふふ、私にも覚えがあるから』

そういえば姫にも生前、好きな人が居たって言ってたっけ。少し気になった私は訊いてみる事にした。

「ねぇ、姫が好きだった人って…」

そこまで口にした時、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。眠っている私を起こさないように気を遣ってか、静かに扉を開けて入室してきたのはなんとエミリオ本人だった。

「起きていたのか」

寝台の上で身を起こし座っていた私を見て、少し意外そうな顔をしながらこちらに向かってくる。…少しどきどきするけれど、心構えが違うせいか先程までよりも落ち着いていられる。

「体調はどうだ?力の使いすぎで倒れるなど、随分と久しぶりだが」

「あはは…、昔はしょっちゅう倒れてたもんねー…」

「今のお前しか知らんルーティは珍しいと言っていたが、あの頃はそのたびに毎回お前を背負って屋敷に帰るはめになったな」

「その節は大変お世話になりまして」

ぺこりと頭を下げれば、その頭にぽすりと暖かな手のひらが乗せられる。そのまま優しく髪を撫でられた。

「まったく、まだ無茶をする癖は抜けていなかったのだな…あまり、………心配……させてくれるな」

照れからか、後半はやたら小声になってしまってはいたけど。しっかりと聞こえてしまった彼の言葉は胸にじんと染み渡り、じんわりと穏やかな熱が身体を暖めていく。

「うん…ごめんなさい。それと…心配、してくれてありがと…」

昇ってきた熱に赤くなった顔を上げられず、俯いたまま謝罪とお礼。
どうしよう、せっかく落ち着いていたのにまた意識してきちゃった。

「気にするな」

「ふーん、そんだけらぶらぶしてるって事は、どうやら無事仲直り出来たみたいね」

「「!!!?」」

突然聞こえてきた扉の方からの声に驚いて、私達は二人して硬直した。


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