月へ唄う運命の唄
熱砂に溶ける氷壁2
「――…ふう」
ぎし、音を立ててロビーに設置されたソファに腰を降ろす。
『お疲れ様です、坊っちゃん』
神殿へと潜り込んだフィリアを見送った後、僕は先んじて宿をとるためにパーティを離れた。
作戦会議や休息のために仮の拠点が欲しかったのは確かなのだが、実のところは一人で考え事がしたかったからだ。
「このところ、どうも気苦労が絶えんせいか疲労が大きいな…」
『気苦労…ですか。まぁスタンの戦闘時の暴走とか、不慣れなフィリアへの配慮とか、大変ですもんね』
まぁあの馬鹿者が後先考えずに敵陣ど真ん中へ突っ込んでいくのは今に始まった事ではないし、フィリアの詠唱の邪魔にならんように時間を確保してやったりとするのは手間だが、しかしこの地では剣よりは効果的なので仕方がない。
が、問題はそれではないのだ。
きっかけは、セインガルドでの神の眼の報告へ登城した時までに遡る。ストレイライズ神殿での出来事の報告を済ませ、緊急船の手配をするために屋敷へと向かう途中、意外な顔に出会した。
「あれ、リオン様じゃないですか」
「…ゼドか」
「今は特別任務中と伺ってましたが…こんなところでどうされたのですか?」
「少し面倒な事になってな。船の手配をせねばならん」
「なるほど、それでお屋敷へ向かう途中だったのですね。実は私もヒューゴ様に呼ばれて屋敷へ向かうところだったんですよ。…ご一緒しても?」
「構わん。好きにしろ」
そうして彼は僕の隣を歩き出した。少し高めの身長は、少々強くなってきた陽射しを程よく遮ってくれる。ちらりと見たその横顔は、もう出会った頃のような腐ったような面影はなく、立派な兵士になっていた。…つくづく、変われば変わるものだ。
それにしても、一体ヒューゴ様は彼に何の用があるというのだろうか。確かに城の兵士の中では割と僕達に縁がある方だろうが。仮にそれが関係していたとしても、ヒューゴ様の私兵でもない彼に直接命令を下す権限は王の相談役的な立場であったとしてもヒューゴ様にはない。ゼドが仕えているのは国であり、主は王なのだから。僕やクノンのようにヒューゴ様の私兵上がりの客員剣士とは違うのだ。
……と、色々考えを巡らせていると屋敷へと到着した。入り口近くで清掃をしていた使用人に声をかけ、取り次がせる。程なくして戻ってきた使用人にヒューゴ様の書斎へと通された。
「リオン=マグナス、戻りました」
「ゼド=ロック、到着致しました」
失礼します、と扉を開け入室する。
「うむ、してリオンよ。まずはお前の報告から聞こう。済まぬがゼドよ、少し待っていて貰うぞ」
「私にはお気遣い無用でございます。…リオン様、どうぞ」
そう言って一歩下がって待機の姿勢に入ったゼドに促され、簡潔な報告と緊急船手配の依頼を行う。
「そうか、神殿の事は残念であるが、今は神の眼の奪還が最優先だ。早急に仕立てよう。レンブラントよ、手続きは任せた」
御意、とヒューゴ様の脇で控えていたレンブラントが書斎を出ていく。これで追跡の目処が立ったな。
と、自分も退室しようと声に出そうとしたところで、
「ではゼドよ、お主への要件なのだが」
ぴたり、喉まで登ってきていた言葉が停止した。気にはなる、が、そうしてる暇はないはずなのに、何故か妙な胸騒ぎがして退室しようとする僕を邪魔する。
「単刀直入に聞こう。お主、クノンを好いておろう」
…………は?今、ヒューゴ様はなんと言った?
「…それは…」
ちらり、こちらの様子を伺うような視線を感じた。
「正直に言うがいい」
「では、恐れながら…。はい、私はクノン様に、女性としての好意を寄せております」
どくん、どくんと何故か心臓が大きく脈打つ音が聞こえる。そのせいなのか、どこかヒューゴ様とゼドの会話が遠くに聞こえていた。
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