月へ唄う運命の唄
第四のソーディアン5
半ば固化した粘液をかき混ぜるような、酷く粘着質な水音が暗い廊下に響く。火傷した皮膚に浮かぶ火脹れのように所々半円状に肥大化した土気色の体表、歪ながらも円柱状の体から鞭のようにしなる触手を武器に暴れまわるグリーンローパーを一閃の元に斬り伏せる。
一体、また一体、しなり叩きつけてくる攻撃を半身で躱し、鋭く穿つ矢のような一突きを斬り飛ばし、大人一人分に匹敵する体格に任せ突進してくるものの頭上へと跳んでは脳天から真っ二つに両断する。びしゃり、飛び散る返り血のような緑色の体液が服にかかるのがひたすらに不快だ。
正直きりがない。
長い年月を海底にて過ごしてきたラディスロウの内部は、どこからか侵入し住み処としていたモンスター達で溢れていた。
「ほんと、気持ち悪い…。ああもう、この服お気に入りなのに」
『あとで洗えばいいでしょう?』
「くだらん文句を言う暇があるなら手を動かせ」
背中合わせに立つエミリオの叱責が飛んできた。
「了解」
一つ短く返事をして再びモンスターの群れへと突進する。
――《さぁ、こっちじゃ…こちらへと来るのじゃ、フィリアよ…》
こつ、こつと暗い廊下に私の靴音が響きます。
クノンさん、申し訳ありません。せっかくのお気遣いとして設置して下さった結界の外へと、私は出てしまいました。
スタンさん、ごめんなさい。せっかく、ありのままでよいと諭し、こんな今の私でも必要としてくださった貴方の優しさを、私はふいにしてしまおうとしています。
…どうしても、私はこの声に抗えないのです。
…どうしても、私はこの直感に逆らえないのです。
この先に、今私が求めてやまない何かがある…
そんな運命を感じるのです。
お二人の気持ちを蔑ろにしてしまってでも、今この直感を無視してはならない。今この私を呼ぶ声に耳を塞いではならない。そんな強迫観念にも似た気持ちに、強い衝動に突き動かされるままに、私は皆さんが消えたラディスロウの奥へと追いかけるようにして静かに歩を進めて行きます。
《そのまま進むがよい…そう、儂はここに居る。お主が望むものが、ここに在る…》
――「はぁっ!」
レンズを取り込んだことによりその体を小型犬程のサイズにまで肥大化させたヒトデを、炎纏う一振りにて爆散させたスタンが、離れた位置で空中漂う巨大イカへと火球を投げつけ撃ち落とし、近くに居たマリーがトドメの戦斧を叩き込む。
ここへ来て彼の戦闘能力は格段の進歩を見せ始めていた。少しずつではあるが、戦闘中の隙が少なくなってきている。一撃一撃の間にも、しっかりと神経が繋がりつつあるのだ。
そうして繋がりつつある神経は視野をも拡げ、こうして他者との連携を生み出す。
『ふふ…なかなかね』
「何笑ってるの?姫。…はっ!!」
目の前でドリルのように体を鋭く回転させながら体当たりしてきた隙だらけの脳天を串刺し、電撃で巨大イカ焼きを完成させては数メートル先で晶術の詠唱に入っていたルーティに迫るグリーンローパーには紫電弓を連射し蜂の巣にする。
『お互い自覚してるのかしら?今のスタンの動き、貴女にそっくりよ?まだまだ拙いけれど、貴女だけじゃなく周りの者の戦い方をよく見て糧にしてるわ。』
「ふ、ふーん…?」
なんだろ、よくわからないけど急に顔が熱くなってきたような気がする。スタンが私の戦い方を…男の人が、私を、よく、見て…
「おぉ、これは美味そうなイカ焼きだな。イカ焼きといえばお祭りの醍醐味だ」
と、半ば思考停止しかかっていたところに、いまだ串刺しになったまま丸焦げになったモンスターだったものを指してマリーが声をかけて来た。どうやら先程の一体を最後に襲ってきた一団を退け終えたようだ。
「マリー。…食べる?」
冗談混じりにずい、と差し出した直後、からんと軽い音とともに小さなレンズを残してモンスターは消滅してしまった。それを見ていたマリーは心底残念そうな顔で肩を落とす。
「マリー、あんた本気で食べる気だったの…?」
その一部始終を見ていたルーティが顔を引きつらせながらも苦笑いを浮かべる。それに私も同じく苦笑いを返していると、急にぐい、と腕を引っ張られ危うくバランスを失いかけた。
「え、エ……リオン?」
「無駄話をしている場合じゃない。とっとと先へ進むぞ。こうしてる間にもグレバムは逃げ続けているんだからな」
ぐいぐいと腕を拘束されたまま先を進み始めるエミリオに、ふらつきながらもついて行く。
な、何何?突然どうしたの?ちょ、あまり引っ張られると痛いよ!
『ふふ…そうそう、彼よりもよく見てる子が居たわね?』
『ああそういう事で…っ痛い!?なんで僕だけ!?』
何二人だけで納得してるの!?いやほんと危ないから!転んじゃうから!!
意味深な笑みを背中越しににやにやと浮かべながら、私とエミリオの数歩先を楽しそうに歩く姫とシャルが見えたような気がした。
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