月へ唄う運命の唄
第四のソーディアン2
ダリルシェイド港を出港し、大海原を駆ける一隻の帆船。甲板の手すりには羽を休めるためか、沢山の白い海鳥達がとまっている。そしてそんな中ただ一点、ぽつんと黒い鳥のような影があった。
…無論、それは鳥などではなく、人の頭だ。艶のある黒髪を潮風に嬲られながら、酷く気怠そうに手すりに体を預けて突っ伏している少年の頭。
『坊っちゃん、大丈夫ですか?』
心配そうに話しかけてくる長年の相棒の声にも反応はない。…いや、ほんの僅かにだが微細な反応らしきものはあった。くぐもった声で唸るようなものではあるが。
『あまり大丈夫じゃあなさそう、ですね』
そう苦笑いするような声にも返事を返すだけの気力がないのか、やはり少年は体重の殆んどを手すりに預け突っ伏したままだ。
…どれくらいそうしていただろうか、気付けば日が傾きかけている。
「…少し長居し過ぎたか」
潮風に吹かれて多少はマシになったが、恐らく船室へ入ってしまえばまたこの忌々しい船酔いが自己主張し出すに決まっている。
わかりきった予想にうんざりしつつもゆっくりと顔を上げた少年の背後に、近付いてくる一つの気配を感じた。
「や。お兄ちゃん」
「…その呼び方は止せと何度言えばわかる」
多分、振り返らなくても気配でわかったんだろうな、私だって。
手すりに体重を預けたまま、夕陽に照らされる海を眺めながらに文句を返す彼に苦笑いする。
「…もしかしてまた船酔い?」
「……」
どうやら図星らしい。本人は無言を貫いたものの、肯定しているようなものだ。そうでなければ、こんな所で独りで黄昏れている事もないだろうし。
そしてそんな彼に、実は一つ贈り物を用意してきた。
「ね。いいものあげようか」
「何を企んでいる。悪いが僕は今お前の戯れ事に付き合ってやれる気分ではない」
船酔いの苛立ちからか、普段の三割増しで不機嫌なオーラを放つ彼を「いいから」とこちらに向き直らせると、右手をとり用意してきたプレゼントを握らせる。
「なんだこれは」
「耳栓。騙されたと思ってつけてみて」
訝しげな表情をしつつも彼は両耳に耳栓を装着する。数分後、「こんなものが何になる」とでもいうような視線を寄越していた彼の真っ青な顔から、少しずつ血の気が戻ってくる様子が窺えた。よし、上出来。
「おい、まさかこれ、酔い止めの効果でもあるのか?つい先ほどまでとは気分が全く違う。…巫術の類いか?」
自覚出来る程に効果が出たのだろう、驚きながら訊ねて来る彼の声にはもういつも通りの張りが戻っていた。
「ううん、ただの呪いのアイテム」
「はぁっ!?」
『のろ…!?』
恐らくは一般的な"呪い"の悪いイメージを連想したのだろう、驚愕とともにせっかく戻ってきていた顔色がまた真っ青になっていくエミリオ。…可哀想だけどちょっとだけ面白い。
『またこの子はそういう言い方をして…ほら。誤解してるわよ?省かずにちゃんと教えてあげなさいな』
はぁい、と軽く舌を出しつつも詳しい説明を始めることにする。
「じゃあまず、"呪い"っていうのは、どんなものだと思う?」
『対象の命や大切なものを奪うもの、ではないでしょうか?』
「あぁ、病や死を振り撒く、忌まわしいモノだ」
「うん、それも呪いの一つの形。"呪詛"だね。…じゃあそれの成り立ちはわかる?発生源」
「……そうだな。恨み・つらみ・憎しみ・悲しみ…そういった感情が積もり膨れ上がったもの、といつか文献で見た覚えがある」
「うん。感情…それも強すぎて現実に影響をもたらす程の感情だね。じゃあ人の感情は、そういう負のものだけかな?…違うよね。ちゃんと明るい正の感情だってあるし、それから成るもの、さらに強い願いや祈りですらも勿論"呪い"になり得る。それら強い正負の思念、願いを纏めた呼称を、"呪(シュ)"…又は"呪い(マジナイ)"と言うの。"おまじない"って言えばほら、ちょっと素敵な響きに聞こえてこない?」
「…ふむ」
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