月へ唄う運命の唄
次元渡航8
話が終わると、ヒューゴは仕事がある為これにて失礼、と後の事をいつの間にか傍に控えていたマリアンに託し、そのまま屋敷を出て行ってしまった。
「凄かったわね、蒼羽ちゃん」
「ありがとう」
マリアンにタオルを受け取り、代わりに模造刀を預けながら笑顔を交わす。
「ところで、ヒューゴ様が呼んでいたあなたの名前の事だけど…」
「…うん、あれね、私のもう一つの名前なの。…お父さんがね、剣を振るう時はこの名を名乗りなさいって。ねぇ、私の本当の名前、他の人には内緒にして欲しいの」
「それはいいけど…何故?」
酷く不安げな顔でお願いする蒼羽に、不思議そうに訊ねるマリアン。それに対し、初めてヒューゴに会った時に感じた恐怖を思い出して身震いしながら、蒼羽はじっとマリアンを見つめるだけ。
「…わかったわ。何か理由があるのね?」
その言葉にこくん、と小さく頷き、ごめんなさいとだけ呟く。
「いつか、話せる時がきたら、教えて頂戴ね。……さぁ、部屋に戻りましょう。いろいろ準備しなきゃだし、お腹も空いたでしょ?」
軽くウインクしつつ、小さな手を握り、建物へと向かうのだった。
――…一方、その頃。
屋敷を出発し、馬車に乗る一人の男は、押し殺しきれぬ笑みを浮かべ血の流れる額にハンカチを当てていた。
クククッ…素晴らしい、素晴らし過ぎる拾い物をしたものだ。
あの歳であれ程の完成された剣の型…現時点ではリオンなど問題にならぬ。
今後の成長如何では計画の主軸に据える可能性も考慮せねばな。
身元もわからぬ小娘故にちょうど良いとも思っていたが…捨て駒にするには非常に惜しい。
「ふ…ふふふハハハハハッ」
不気味に、高らかに笑うその声は。
ただ静かに、少女の人生を歪め始めていた。
2011/07/29…next,
2015/04/20加筆修正
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