月へ唄う運命の唄
早過ぎた手。4
「――私を止めて裁くのだな。それが出来るのならば、だが――」
いつか向けられた言葉。…面白い、成し遂げてみせる。絶対後悔させてあげる。そして罪を精算してもらう。私は、決してあなたを許しはしない。
「ソーディアンは持ったな。ならばすぐにこれから出発するぞ。事態は一刻を争う、ぐずぐずするな」
私と同じく席を立ったエミリオがスタン達に命令を飛ばす。それを受けて広間を出て行く三人を見送って、私もそれに続こうとすると肩を掴まれ引き留められる。
「…ん?なに?」
「やけに表情が固いが…どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ。重要な任務みたいだし、ちょっと緊張してるかもだけど」
肩を掴んだ彼の手にそっと手を重ねて、笑みを作る。心配しないで、私は大丈夫。そのために今まで力をつけてきたんだから。
「旅の準備してくるね。すぐに済むから表で待ってて」
そう言い残して広間を出る私の背中を、彼がじっと見つめていた事には気付けなかった。
――「よおし!張り切ってなんとか神殿へ行くとするか!」
外に出ると、無駄に気合いの入ったスタンがはしゃぐように叫んでいた。張り切るのはいいけど、名前ぐらい覚えて欲しい。こっちの気が抜けちゃうから。…と、軽く呆れているとエミリオが用事を思い出したと屋敷の中へ戻って行ってしまった。
つきん、とまた少し胸が痛む。その"用事"がなんなのか、私には考えるまでもなく想像出来てしまう。マリアンに出発の挨拶を告げに行ったのだ。…遠征任務に赴く時、彼は必ずそうする。そしてその空間には、私でも決して入り込む事は出来ない。その時だけは彼が素の顔を晒す。…そう、私と居る時よりももっと、自然に…。
「――気を付けて行ってらっしゃい」
どこまでも慈愛に満ちたマリアンの柔らかな笑顔。穏やかな声。彼女がここに居てくれるだけで、僕は僕であり続ける事が出来る。こうして彼女が見送ってくれるから、どんな任務であっても全力を尽くす事が出来る。王国に客員剣士として仕え始めた頃から習慣になった、この時間は僕にとって一種の儀式のようなものだ。
「大丈夫だ、心配ないよ」
いつものように笑いかける。彼女も笑みを返してくれる。それを瞳に焼き付けて踵を返そうとすると、マリアンはもう一言僕に告げた。
「それと、クノンちゃんをよろしくね」
「…え?」
「凄く、思い詰めた顔をしていたわ。…まるで…」
まるで、命を捨てるような覚悟をした目だったから。
「まるで、なんだい?」
「…いえ、なんでもないわ。とにかく、街の評判を聞く限り彼女は剣士として優れているみたいだけど、それでも一人の女の子なの。ちゃんと守ってあげるのよ?」
「…マリアンの頼みなら。じゃあ、そろそろ行くよ」
「ええ。気を付けて」
マリアンの意図する所は理解出来なかったが、クノンも客員剣士としては申し分ない実力を持っている。それに、マリアンに言われるまでもなくあいつも守る対象だ。マリアンとシャル以外で心を許してもいいと思えた、唯一の妹分なのだから。
――「待たせたな」
『遅い!』
エミリオが屋敷に戻ってから十分弱、再び姿を見せたところにディムロスやルーティの文句が飛ぶが、さらりと無視したエミリオは出発するぞと指揮を執ると街の外へと向かうべく歩き出してしまった。
屋敷の敷地を出て街を歩く中、スタンとマリーの二人はほのぼのとした会話を弾ませている。緊張感のない人達だなと半ば呆れてしまうが、別に咎める程でもない為放っておくことにした。…が、私の隣に居る彼女はそういうわけにもいかないようだった。
「あ〜〜もうムカつくわね、あのクソガキったら!」
先頭を歩くエミリオから少し離れた位置でルーティが愚痴をこぼす。
「あはは…ごめんね。彼、少し素直じゃないから」
苦笑いしながら宥めようとしたら、急に睨まれた。…もしかして、根に持ってる?
「素直じゃない程度じゃすまないわよアレ…って、そういえばアンタ、あの時はよくもやってくれたわね。しかも私達をアッサリとやっつけてくれちゃって、さすがは雷光の魔剣士様ってトコかしら?」
「う…だからごめんねって謝ったのに。ていうか、恥ずかしいからそのアダ名やめてっ」
「じゃあ白き姫騎士様?」
「……」
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