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月へ唄う運命の唄
早過ぎた手。2

「――あ」

檻車に積んだスタン達をダリルシェイド城内の地下牢に閉じ込めた後、飛行竜でフィッツガルドへと赴いた所から帰国するまでの任務報告書を作成する為自室に向かっている途中での事だった。長い廊下を歩きながらぼうっと壁に掛けられた数々の絵を眺めていた私は、一際豪華な額に収められた一枚の肖像画の前で足を止めた。

「これ…」

それは美しい女性の肖像画だった。淑やかに微笑む黒髪の婦人。額の下に貼られたタイトルプレートにはこう書かれている。

"クリス=カトレット"

その名を見た瞬間、幾つかのピースが綺麗に嵌まり、引っ掛かっていた疑問の答えが導かれる。
・・・・・
カトレット。

以前、マリアンから聞いた亡くなったエミリオの母の名はクリス。この肖像画の女性は、恐らくはそのクリスと同一であると見て間違いない。そして彼女の姓はカトレット。…そう、先程地下牢に閉じ込めたルーティや、偽名を名乗るエミリオの本来の姓と同じなのだ。さらによくよく見れば、ルーティにはこのクリスの面影があるように思える。
この一致を偶然と捉えるには不自然としか思えない。
あの村で対峙した時のルーティを見るエミリオの目や、いつにも増して辛辣だと感じた物言い…つまり、そういう、事なの?

――"ルーティはエミリオの、生き別れた実の姉"――

つきん、と胸の奥で鋭い痛みを感じた。

…どうしてだろう。喜ばしい事な筈なのに、素直に喜べないのは。
ルーティが、エミリオに気付いてないせい?それともエミリオが弟だと名乗らないばかりか、他人と同じように拒絶する素振りだけでなく、嫌悪感まで出していたせい?……わからない。
ただどうしてかまとわりつくような、嫌な感触を持った感情だけがぐるぐると渦巻いて離れてくれなかった。

――パタン。

軽く閉じられた自室の扉に背中を預け、天井を見上げる。埃一つ無い清潔な白い天井にぶら下がる照明灯が、やけに眩しく感じる。
一頻りぼぅっと見つめてからふと、報告書を書かなければいけない事を思い出してふらふらと机に向かうが、書類を拡げたところでそのまま突っ伏してしまった。

「――お姉ちゃん、かぁ…」

彼女を見た時、…いや、犯罪者として捕縛の命令が言い渡された時、彼はどう思ったのだろう。
彼はきっと気付いてる。だからこその態度や言動だったと思う。…生きていて嬉しい?…違う。犯罪に手を染めていた事に対する、怒り?悲しみ?…それとも、憐れみ?

そのどれとも違う気がする。

それに彼は、ルーティに自らが姉弟だと名乗るつもりはないような気がする。どうしてだろう。やっぱり、血が繋がっていたとしても他人にしか思えないのかな。聞いた話だと直接顔を合わせた事もなかったみたいだし、無理もないとは思うけれど。
やっぱり、ちゃんと血の繋がった実の家族に会えたんだもの、仲良くして欲しい。…それに、それがきっと彼の中の歪み、寂しさから解放されるきっかけになるかも知れない。
でもなんでだろ。彼と…エミリオとルーティが笑い合っている所を想像したら、胸が痛くなってくる。仲良くして欲しいのに、仲良くして欲しくないって思っちゃう。

どうして?こんな……矛盾した気持ち。

「ねぇ、姫」

『駄目よ。自分で考えなさい』

思考を読んでいたみたい、姫にも突き放されちゃった。ヒントくらいくれたっていいのに。

「いじわる」

頬の下敷きにした書類が「早く書け」と急かしていたけど、とてもそんな気になれない私は目を閉じてその声を黙殺した。


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