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月へ唄う運命の唄
次元渡航7

タンッ

ヒューゴの開始の合図から一呼吸半、目の前に居た少女が僅かな足音を残して姿を消した。
構えた少女の上体が微かに上に向かうよう揺れた為、意識を上に一瞬持っていかれるコンマ数秒の間の出来事。

――下か!!

ヒュッという軽快な風切り音と共に鋭い真下からの一閃が、反射的に上体を反らしたヒューゴの前髪を掠める。そして振り上げた力の慣性に従うようにヒューゴへと向かい斜め前方へと跳躍。そのままぐるん、と後ろ方向に2回後転しつつ、いつの間にやら両手持ちに変えていた剣を相手へ向けて突きだし全身をまるごと回転刃とする。

「…っぐ、ぬぉっ」

たまらず剣を両手で前面に構え防御体勢を取れば、ガガッとぶつかり合う激しい音が裏庭に響く。
すと、と衝撃を吸収しつつ軽やかに着地すると、そのままの姿勢で下段へ横一閃に剣を薙ぐ。
が、少々リーチが足りなかったらしい。本来……真剣であれば膝から下を両断していたその斬撃は、ヒューゴのスラックスを僅か切り裂くに止まる。

――…浅い。

「ちぃっ」

そこで一瞬、生じた僅かな隙をヒューゴは見逃さなかった。
舌打ちすると今度はこちらの番だ、とでも言うかのように鋭く重い刺突の連撃を繰り出しクノンへと津波のような勢いで容赦無く襲いかかる。

受け止めたら弾かれる!

頭では理解していても、引きから突きまでの間が短い上、一撃一撃が信じられない程にやたらと重い。
受け止めないように剣先を逸らすよう滑らせて捌いていくが、慣れない形状の模造刀な上に予想を越えて相手が強い。
身体が小さく力も弱い為、元々先手を取りその勢いのまま短期で決めなければクノンの勝ち目は極端に薄い。
……もう少し、身体が成長していれば、或いはこの連撃を捌ききり、再び攻勢に出る事が可能であったかも知れない。
しかし此所が11歳であるクノンの限界だった。
カァン!と乾いた音とともに、クノンの剣が宙を舞い地面へと転がる。

「…勝負有り、かな?」

「参りました」

喉元へ突きつけた切っ先を引き、代わりに尻餅をついた格好の少女を立たせるための大きな手が伸ばされる。
その手を取って立ち上がると、クノンはありがとうございました、と試合後の挨拶の言葉を口にする。

「…いやしかし驚かされたよ。見事、の一言に尽きる」

片手でクノンを引きながら感心したように声をかけてくる。

「いえ、まだまだ未熟、ですよう」

「謙遜せずともよい。天才、と評される我が息子以上だ」

「息子?」

確かに、この歳なら子供が居ても何ら不思議はない。

「手合わせしてやはり決めた。クノン君、君に是非我が息子と友人になっていただきたい」

…詳しく聞いてみればこうだ。
ヒューゴには歳の近い息子が居るのだが、どうも人付き合いが苦手らしい。そこで歳の近いクノンに、彼に会い友人となって、世話をしてやって欲しいと。さらに彼も剣を嗜む故、互いに切磋琢磨してはどうかと。
これはクノンにとってもありがたい話であった。やはり、見知らぬ土地……どころか、全くの異世界に子供一人放り込まれた状態で寂しくないわけがない。これについて少女は二つ返事で快諾していた。


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あきゅろす。
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