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月へ唄う運命の唄
ただいま、おかえり2

――国境の街、ジェノス。世界一位の豊かさを誇るセインガルド。それと陸続きに並ぶ、豊かさでは第二位といわれるファンダリアの二国を隔てる門の役割を担った街だ。
その役割に見合うように、両国に挟まれたこの街では旅人が非常に多く、その数だけ出会いと別れが入り乱れ、時に新たな物語の引き金ともなる事がある。そしてまた、それはこの地に訪れたクノン達も例外ではなかった。
きっかけは、クノンが宿の寝台に寝転がり一息ついている時にスタンが発した一言だった。

「――俺、もう一度なんとかならないか頼んでみる」

頼んだところでどうにかなるなら、数日待たされるようにはならないと諭しても彼の勢いは止まらなかった。ディムロスも端から説得は諦めているのか、スタンの勢いに任せるまま。…まぁ、行くだけ行って駄目なら戻って来るだろうと踏んだ私も、同じように説得は諦め仕方なく送り出す事にした。

「…しょうがないなぁ。でも今日はもう日が暮れちゃったし、明日の朝にした方がいいよ」

「うん、わかった」

因みに、部屋は一つしか借りてない。普段から必要最低限のお金は持ち歩いているが、無駄遣い出来る程ではない。まして今回は急な長旅になってしまったのだから尚更節約に徹しなければ、あっという間に資金が底をついてしまう。
そういった意味でも、ウッドロウの心遣いは非常にありがたかった。もしかしたら彼の事だ、そういった事情も考慮して出来る範囲でフォローしようとしてくれたのかも知れない。防寒具一つにしても、決して安くはないのだから。あの短い関わりの中で、気付くと受けた恩がどんどん膨れ上がっている。これは返すのが大変そうだ。
ともかく、そんな事情がある為に男と女を意識して部屋を分けるわけにもいかず、一部屋で数日を過ごす事にしたのだ。
がしかし、そもそもスタンがそんな下心を抱く程不純ではないだろうと踏んだ事も大きな理由ではあるのだが。
そして翌日、スタンは昨夜言っていた通り関所へと出掛けて行った。…だが、すぐに帰って来ると思っていたのになかなか帰って来ない。一体どこに寄り道して遊んでいるのだろうか。いや、そもそも遊べるようなお金があるなら密航などせず船に乗って安全にセインガルドへ入国している筈なのだから、その可能性も低い。ということは、何らかの事件に巻き込まれでもしたのだろうか?

探しに行くべきか、このまま待つべきか。

そんな風に悩みに悩みながら部屋の中でそわそわし始めた頃、その悩みの種であったスタンが漸く姿を現した。

「ただいま!」

「スタン!今まで何して…わ!?な、何!?」

勢いよく部屋の中に入って来たかと思うと、ずんずんと歩み寄って来てはいきなり腕を掴まれて部屋から連れ出されてしまった。

「クノンに紹介したい人達がいるんだ!この下の酒場で待ってるからおいでよ」

「ちょちょ、わかったから!あんまり引っ張られると痛いよ!」

ごめん、と漸く興奮気味のスタンから腕を解放され安堵の溜め息が出る。いきなりだったからびっくりした。…というか、紹介したい人、ねぇ。誰か知り合いにでも会ったのかな?
疑問に思いつつも、上階の宿泊スペースから地上階の受付、食材屋を通り抜けて地下の酒場へとやって来た。寒い地方の人々はアルコールで体を暖める傾向がある、というところからかここの酒場も割に早い時間から開店しているらしく、店内では既にお客達で賑わっていた。
お酒には縁が無かった為初めてこの手の店に足を踏み入れたが、正直お酒臭い。…いや当然と言えば当然の事なのだが、どうやら私はこの匂いが苦手であるらしかった。
充満するお酒の匂いに顔をしかめつつ店内を見回していると、どうやら待ち合わせの相手らしい女性二人組がこちらに向けて手を振っているのが見えた。片方は漆黒の艶々した髪を短く切り揃えた、どこか見覚えのある顔立ちをした紫色の瞳が印象的な線の細い色白の女性。もう一人は、燃えるような赤い色のした長い髪を高い位置で纏め、浅黒い肌を覆う戦士風の軽防具を身に付けた背の高い凛々しい女性。

紹介したいって……もしかしてスタン、ナンパでもしてたの?しかもあんな美人な女の人を二人も引っかけて。
いや、さすがにそれはないか。スタンだし。


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