月へ唄う運命の唄
山小屋の出会い7
「――チェルシーは一日千秋の想いでお待ち申し上げております」
「いちじ…?」
あぁまたか。昨夜からもう何度目だろう。というより、きっと私が目覚めるまでの間、何度も同じ場面があったのだろうと容易に想像出来てしまう。それぐらいスタンの言葉の知らなさは酷い。背伸びしたいお年頃なのかチェルシーが少し難しい言い回し…四字熟語やら慣用句やらを使う度にああしてスタンが微妙な反応をして、その度にディムロスが翻訳機よろしく意味を説明する。
さすがにそろそろディムロスが哀れに思えてきた。私はしてあげられないけど、契約する相手間違ったんじゃないかなと思う。そのうち辞書とかアダ名が付きそう。
などとガラにもなく下らない事を考えていると、私の隣に並んで苦笑を噛み殺しているウッドロウさんとはたと目が合った。…もしかして、"聞こえる"側の人なのかな?
「あの…もしかして?」
「あぁ、すまない。隠すつもりはなかったのだが、話す機会を失ってしまっていてね」
「まぁ、ずっとあの調子だと難しいかも知れないですね」
何せ隙あらばああして漫才のような会話が始まってしまうのだ。元々縁はなかったけれど、あそこまでの天然さんはそうそうお目にかからないと思う。ディムロスの方も縁はなかったのだろう、スタンの扱いに苦労しているのが手に取るようにわかる。
「それにしても、君があの"白き姫騎士"だったとはね。もう一つの異名からして、少し違うイメージを抱いていたのだが」
「あはは…そのアダ名、ちょっと恥ずかしいので出来れば控えていただけると。でもそれはアルバさんにも同じこと言われました」
「先生も同じ感想だったか。実際に会ってみて思ったのだがやはり、"姫"の方が意味合い的には強いようだと感じたね」
そう言って相変わらずの爽やかな笑みのまま覗き込んでくるウッドロウさんの顔から、慌てて視線を逸らした。いきなりそんな近付いてくるなんて卑怯だ。思っていたよりもずっと端正な顔立ちに、はからずも心臓が一瞬跳ねてしまった。
「へ、変な事を言わないで下さい。それこそ私なんかには似合いませんから。私はあくまで、一人の剣士です。男も女も関係なく。もう長いことこうして生きてきましたし、そういう覚悟を持って剣を振るってきたのですから」
「……それは失礼した。騎士殿への非礼、お許しいただければ幸いだが」
「あまり、年下をからかうのは良い趣味とは言えないと思いますよ?ウッドロウ王子殿下」
半目で少し睨みつつ、あえて身分を指摘したことでやり返してみるが、正直勝った気が全くしない。完全に遊ばれた。……なんだろう、マリアンといいウッドロウさんといい、年上の人には弄りやすいのかな、私。
そんなやり取りの間に、スタンとディムロスの方も話が終わったようでこちらへと戻って来た。どうでもいいけど、あまりこの雪だらけの外で長話しないで貰いたい。正直寒い。
ともあれ、昨夜スタンと私はダリルシェイドを目指して出発しようと話をしていたところに、国許へ戻るようにとの命令が届いた為急遽国境までの道程を同行する事になったウッドロウとともに、まずは国境の街ジェノスへと向かう為南西の方角へと三人で山小屋を後にした。
――さく、さく、と雪を踏み締める軽い音が山道に響き渡る。吹き抜ける風が容赦なく体温を奪っていき、その度に疲労が少しずつ蓄積していく。やっぱり、多少は巫術による保温効果で誤魔化せるとはいえ、この薄着では厳しいものがある。
「……っぷしゅっ!」
「大丈夫かね?」
「え、えぇ。このくらいなら平気です」
本当は結構辛いけど。
「女性はあまり身体を冷やすものではない。これを羽織るといい」
そういってウッドロウが道具袋から取り出したのは、雨風をしのぐ為のマント。雪国仕様であるらしく、布地の厚い毛皮製だ。それを迷うことなく私の肩にかけてくれる。
「あの、いいんですか?」
「構わない。私はこの程度、慣れているからね。今日は暖かい方だ。……私用に合わせた物だから、少し丈が長いだろうが我慢していただけると助かる」
「とんでもない。すみません、気を遣わせてしまって」
気にしないでくれ、と笑いかけてくれる。さすが王族だけあって、よく出来た紳士だ。少し先を平気な顔して歩く、どこかの天然金髪とは大違い。彼に罪はないけれど、少しだけ恨めしく思ってしまうのは内緒。
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