月へ唄う運命の唄
次元渡航6
「は、はい。」
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
なんでこの人はこんなに怖いの!?…ううん、この人にある"何か"が怖い!やだ、放して、手を放してよぅ!
声にならない恐怖の叫びを上げながら、それでもなんとか溢れそうになる涙だけは我慢した。
「…あぁ、そうだ」
耐えきれずに声に出して叫びそうになる直前、ふとその手を放してヒューゴはテーブルに目を移す。
「この不思議な棒切れ…いや、刀剣の柄のようにも見れるのだが…君は剣を使えるのかね?」
放された手を胸に抱いてホっと内心胸を撫で下ろしていた蒼羽の心に、再び刺激が送られる。
「お父さんに、習ってました」
…ふむ、と髭をたくわえた顎に手をやり、少し考える仕草のヒューゴ。
数秒間、そうしていたかと思えば、やがて何かを思い付いたように薄く、凝視していなければ判らない程度に、しかし確かに唇の端を歪めた。
「目覚めたばかりの君に少し負担を強いてしまうかも知れんのだが…もし良ければ、君の剣を少しばかり見せて貰えないかな?」
…え?
思わずキョトンとした顔で聞き返せば、もう一度同じ事を繰り返される。
「…でも」
「あぁ、安心したまえ。模造刀はこちらで用意するし、私も少しばかり心得がある。…が、身体が辛いのであれば、またの機会でも良いのだが」
つまりは、いずれにせよ一度腕試しはされるということだ。幸い、と表現して良いのであろうか。身体の方は怪我もなく、また健康そのものである。
それに蒼羽は剣を振るのが好きだったし、少しでも今なお感じている威圧感や恐怖を忘れたかった。
以上から、蒼羽はこれを了承し手合わせをする事になったのだった。
――そして30分後、蒼羽とヒューゴはそれぞれ用意された模造刀を手に裏庭へ出ていた。
手持ちの剣は、材質こそ木材であるものの西洋式の片手剣。所謂ナイトブレードの類を模したもの。普段手にしていた木刀や竹刀とは随分と勝手は違うが、贅沢は言えない。
――…剣を持つ時は、女である事を忘れなさい。一人の剣士として、構えなさい…――
稽古の時、常に父が口にしていた言葉を思い出す。
女ではなく、剣士として。
心の中で念じ、構えを取る。頭にかかった暗い靄がすーっと晴れていくのを感じ、恐怖や緊張に濁っていた心が澄んで冷めていく。
「紫桜流、名はクノン。…参ります」
――雰囲気が変わった。雰囲気だけではない、空気までもが冷たく冷えきったかのように鋭く突き刺さるようなものに変わった。
つい先程までヒューゴの前で、まるで小心な小動物のようにただ震えて怯えきっていた気弱な少女と同一人物とは思えない。
「……来たまえ」
片手で剣先を"クノン"に向け、半身に構えながら開始の合図を送る。
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