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夜空を纏う銀月の舞
はらり、ひらり。5

――夜。

皆が寝静まった頃を見計らい、宿を抜け出した私は街の憩いの場となっている、桜並木の公園へとやって来ていた。

「きれい……」

桜。

私が仕えた、あの子と同じ名の花。

あの世界でともに眺めた桜と変わらずその姿は美しく、また儚く切なかった。

……一緒に見たかったな。

あの子も、私のようにどこかで生まれ変わっているのだろうか。
記憶はなくてもいい、生まれ変わって、幸せに生きていてくれたなら。

「――待たせたな」

「ううん、大丈夫」

「……服は、戻したのか」

「言ったでしょ。別に魔女を廃業したわけじゃない。…とはいっても、実はローブの下に着てる。覗いてみる?」

「お前まで僕を変態にしたいのか」

そういうわけじゃないけど、と苦笑いしながら背中を向けていた彼に振り返る。

そう、彼・骨っこと待ち合わせしていたのだ。夕食の時、私から誘った。
「話があるから、今夜、公園で」 …と。

「傷はもういいのか?」

「キミが優勝して、貰った賞金からアイス買ってきてくれた時にも言ったけど、本当に大丈夫。リアラに綺麗にして貰ったから…後は血が戻るのを待つだけ」

そうか、とだけ言って俯く彼。……もしかして、痕になってないかとか、そういうのを気にしてくれたんだろうか?…優しいというか、甘いというか。気にしなくていいんだよ、教官どの。

黙り込んでしまった彼の傍に寄ると、そのまま手を引いて一本の木の根元に一緒に座るよう促す。
幹を背にして見上げれば、蒼黒色の空は桃色に染まっていた。
はらはらと時折舞い散る花弁が、緩やかに風に踊る。

「……訊きたい事、あるんでしょ?"薔薇の君"」

「!……お前、気付いていたのか」

セインガルドの薔薇。それをもじって、彼の正体を指摘してやる。
頭の回転の早い彼はすぐにそれに気付くと、驚いた声を上げて私の方を見つめた。

「ごめん、山小屋でシャルさんと話してるの、少し聞こえてた。……あと、廃坑でイレーヌさんに聞いたの」

「あの時従者と話していたのはイレーヌだったのか…ふ、あいつ、ずっとあんな所に居たんだな」

「うん…18年。ずっと、あそこを見守ってたみたい。消えていく最後の最後まで、ノイシュタットの未来を……みんなの幸せを、願ってた」

「あいつらしい……」

「来世では、幸せになって欲しいね」

そうだな、と彼は一度頷いて。それから、またひとときの沈黙が流れた。
はらはら、ひらひら、花弁は変わらずに舞い続けている。時を刻むように。
はらはら、ひらひらと。

「お前は、僕を責めないのか?それに、何故生きている、とも…僕はお前とは違うんだぞ」

「……キミが今生きてる理由は、見当がついてる。……望んだわけじゃ、ないんでしょ?」

「ああ。……僕は、"ジューダス"だ」

「みたいだね」

「お前がこの名を呼ばないのは、どうしてだ?」

「……どうして、かな。わかんなくなっちゃった。…前までは、キミに似合わないからだって、優しいキミのイメージとは合わないからだって思ってた」

そんなこと、と首を振る彼の片手を握って、あるよ、と告げる。
握った時に驚いたのか、一瞬びくりとしたけれど。彼はそのまま握らせてくれている……少しだけ甘えて、指を絡めてみても解こうとはしないでいてくれた。

「なら今はどうなんだ」

「……強いて言うなら…うん。そう。私自身は、キミに裏切られた事ないから、かな」

「これからはわからんぞ」

「なら、その時はその時。でもキミはきっと、みんなを、カイルを裏切るなんて事、しないでしょ?」

「……」

「だって、こんなに傍で見守るくらい、大事に想ってるんだもん。私はそう信じてる」

向けられる、真っ直ぐな視線。きっと彼はこう言いたいのだろうと思う。
「どうしてお前達は、そう簡単に僕を信じてくれるんだ」……と。
そんなの、理由なんてない。仲間だからという以外に、理由なんて。
勿論、こうも無防備に人を信じる事の怖さを知らないわけじゃない。カイルはわからないけど、私は……

「私は、キミだから信じたい」

好きになったキミだから。例えこの先、他の誰を信じられなくても…
キミだけは、信じていたい。

「……馬鹿な奴だな、お前は」

そうかも知れない。でも、そうしたい。そうしていたい。……心の底から、そう……魂の底からと言ってもいい。あなたを信じたいと、そう思えるから。

「僕からも、いいか?」

「ん。……そういえば、元々キミの質問に答えるためだったね」

「お前の従者が…フィオが使う技、あれはクノンのものだ。他の誰かはわからずとも、僕はわかる。何故あいつが使える?それとお前の刀もあいつの"羽姫"だろう。何故お前が持っている?」

「ん…刀はね、神団がヒューゴの屋敷を接収したときにフィリアさんが彼女の遺品を一手に引き取ったから。それを、私に使ってみないかって預けてくれたの。それと」

フィオが使う、騎士姫クノンの"紫桜流"の技。
これは彼女、クノンの刀であった羽姫が宿していた武器として使われた"使用者の記憶"を抽出して、その記憶をフィオに移植したから。
その為、フィオはその移植された記憶に残る羽姫がなぞった剣筋を"再生"して技として使う事が出来る。
ただし、いくらオリジナルの技が優れていようと、フィオ自身の実力はとても騎士姫には敵わない程に劣っている。それこそ私と骨っこくらいには。だから、技の性能は完全には再現出来ていない。

「基本的な動きがお前と同じ流派なのは、お前の記憶も共有していたからか」

「そう。だから、彼女の動きは私ベースの騎士姫、というちょっと複雑な状態になっちゃったの。…もう少しあの子が真面目だったら、上手く機能して強くなってた筈なんだけど」

「なるほどな…そういう巫術、か」

「……、うん。いつから?」

「初めてお前に会った時から、そうじゃないかと思ってはいた。晶力を伴わない、特殊な風の術には覚えがあるんでな」

そんなに前から、バレてたんだ。あの時にはもう、攻撃のタネどころか力の根元までバレていたわけだ。

まいったな、と誤魔化すように笑えば、彼も同じように笑う。……ほんとにまいった、降参だった。

「お前の前世の世界だが」

「……え?」

「僕の推測が正しければ、クノンの生まれた世界と同じだと思われる」

……!!!?

どういう、こと?

「あいつは元々、この世界の生まれじゃない。あいつが11歳の時、当時オベロン社が解析していた次元歪曲現象…災害みたいなものに巻き込まれてこちらに転移してきたらしい」

う、そ……

「お前の術とあいつの術が同じ方式の巫術なのは、元居た世界が同じだからだと考えれば辻褄が合う」

「そんな、……そんな偶然って…」

あり得ない。

いやでも、確かにそう考えれば彼女が巫術を知っていたとしても、使えたとしても不思議じゃないかも知れない。
でも、それだけじゃ説明出来ないものがある。
あの子の……桜姫様の奥義だ。どうしてそれを彼女は知ったのだろう?あんな"お役目から外れた禁術"を、どうして。それも知る限りは私が生きていた時よりもずっと洗練された完成形が騎士姫のノートに記述されていた。彼女が独自に完成させたのだとしても、元のソースはどこから来たのだろうか。
それにアレらが使えるレベルの術士なんて、桜姫様の家系以外には居ない筈。少なくとも、私が生きていた時には間違いなく居なかった。……つまり、仮に世界は同じだったとしても、その時代には齟齬がある?

「ううっ、」

「おい、大丈夫か?」

わかった事に対して膨らむ疑問が多すぎる。思わず頭痛がして、空いている片手で頭を抱えてしまい彼に心配をかけてしまった。
とりあえずは「大丈夫」とだけ告げて思考を打ち切る。

「すまない、余計な事を言ったようだな」

「ううん、いい。少なくとも、どうして彼女が巫術を知っていたのかは、理由がわかったから。昔からの疑問の一つは解けた」

「そうか…。ならいいが」

一瞬の沈黙。

何か話した方がいいのだろうけど、思考がまとまらない。

「お前は」

「……ん?」

「お前は…ユカリ、なんだよな」

「!……うん」

名前、呼んでくれた…。

「……そうだ。お前は、ユカリだ。他の誰でもない、ユカリなんだ」

…でも、どうしてだろう。
やっと呼んでくれたというのに、こんなにも切ないのは。こんなにも胸が苦しいのは、どうしてなんだろう。
まるで誰かに言い聞かせるようにして繰り返す私の名前が、こんなにも悲しいのは、どうして?

「僕はジューダスで、お前は、ユカリだ……」

ぎゅうと握る手に力が入る。
応えるように、彼からも握り返される……痛いくらいに、強く、強く。

潰れてしまいそうだった。
……胸が、心が。

彼の心の中に誰かが居るのが、わかってしまったから。

私の想いはやはり届かないのだと、砕かれたのだと、気付いてしまったから。

――はらはらと舞い踊る花弁は、砕けた想いの欠片で。
ひらひらと散り落ちる花弁は、今流せないでいる涙。

頭上から降り注ぐそれらを再び見上げ、瞳を固く閉じた。……彼の目の前でなんて、泣ける筈がない。

触れている手から伝わる彼の温度は、どうしようもないくらいに温かくて。
どうしようもない程に、愛おしくて。

――どうしようもないくらいに、遠く距離を感じさせた。

2015/06/08
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