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夜空を纏う銀月の舞
ソロモンには届かない10

――暫し微笑ましくも初々しい空気に部屋が包まれていたが、どうにもそれに耐えきれなかったらしい、ロニが大人げなくも微笑み合う二人に茶々を入れ始める。

まったく、いい年して二人に嫉妬?

「ロニ、弟に先越されそうだからって、ちょっと見苦しいよ」

「ンなっ!?違ぇよバカ!」

「バカ……」

馬鹿っぽい人に馬鹿って言われた……。

「あわわわ、ユカリさまが珍しく本気で落ち込んでる!?コラそこの早撃ちの鉄人!!訂正しろ!」

「諸悪の根源はテメェか!!俺を袖にするだけじゃ飽きたらず、何吹き込んでくれてんだこのアホ毛偽メイドっ!」

「どうせ事実でしょーがこの逆百人斬り!」

「まだそんなに振られてねぇし違ぇよ!……多分」

「ふっふーんだ。悔しかったら証明でもしてみなさいよ」

「ぐっ……!」

「あ!!ダメですよ、私で証明しようだなんて。セクハラ通り越して婦女暴行罪で訴えてふんだくるだけふんだくってやりますから」

「現在進行形でセクハラしてんのはテメェだぁああっ!!侮辱罪で訴えたろか!!」

……え。あれ。ちょっと大袈裟に落ち込んだフリしたら話が大きくなってる?

「ふ、ふふふっ、あはははは!」

ぎゃあぎゃあ騒ぎだす私達を眺めていたリアラが笑いだした。よほどおかしいのか、目尻には涙まで浮かんでいる。
……と、それまで静かに傍観を決め込んでいた骨っこが静かにこの場を離れていく背中が見えた。それに気付いたらしいカイルが「待ってよ!」と慌ただしく追いかけていく。はぐれてしまう事が不安だったのか、フィオと口喧嘩をしていたロニも同様だ。

「そ、それじゃフィリアさん。わたしはこれで」

早くも置いてきぼりをくらったリアラも慌てて追いかけようとするが、それをフィリアさんが引き留めた。
彼女はリアラの頭をそっと抱いて自分の胸に抱き締めるようにして引き寄せると、その鼓動を聞かせる。

「聞こえますか、リアラ。トクン、トクンといっている、私の、心臓の音が。この音は…私の生命は、あなたが守ったのです」

「フィリアさん……」

「あなたには、確かな力がある。人を救える力が…。だからもっと、自分を信じてあげて」

「……はい!それじゃあフィリアさん、失礼します。ありがとうございました!!」

フィリアさんの温かな言葉に、 心からのものであろう笑顔を咲かせるリアラ。そして彼女はその笑顔のまま、カイル達を追って部屋を出て行った。

「不思議な子達ね、リアラ……そしてカイル。ふふっ!髪も、顔も、おまけに言うことまで、あの人にそっくり……」

「フィリアさん……"あの人"って……?」

「あぁ、ユカリさん。えぇ、あの人……スタンさんに似ている、と思って」

「……多分、それも当たり前。カイルは、スタンさんの子供だもの」

「……!そういえば……。リアラ、あなたの探しているものは案外、近くにあるかも知れませんよ」

そう言って、フィリアさんは彼女達が出て行った部屋の出口に目を向けた。そんなフィリアさんにつられるようにして、私とフィオも同じくそちらへと視線を投げる。
……きっと、そうであるなら素敵な事だろうと思う。けれど、その道は決して平坦なものにはならないだろう、とも。
そんな私の心中を見抜きでもしたかのように、フィリアさんはとんでもない事を口にした。

「ユカリさん、今すぐフィオと一緒にあの子達を追って、旅に同行してあげてください」

「は?」

口を揃えて間の抜けた声を漏らす私達を尻目に、フィリアさんはなおも続ける。

「塔の司書については、私の部下の中から代役を立てます。護衛についても、神団の者が居ますから気にしないで下さい。ああ、薬屋さんの事については……そうですね。事情により暫く休業、のお触れを出しておきましょうか」

「え、あの……」

「あの男……バルバトス、と名乗っていましたか。彼についても、恐らくは大丈夫でしょう。一度襲撃してきた以上、二度目はないと思ってもいいと思います。楽観は出来ませんが、ルーティさん、という前例がありますから」

……確かに、十年以上前に一度襲撃して以来、どういう理由か再度襲撃してきたという記録はない。ルーティさん自身にも聞いた通り、一度きりでその後は止めを刺しにくるでもなく行方をくらませているのだ。

「でも、絶対に大丈夫という保証はありません。いざその時になって予想が外れてからじゃ、悔やんでも悔やみきれません」

「大丈夫。私を、信じて下さい。ユカリさん達の戦いを、ただ震えて眺めていたわけじゃありませんから。次にもし現れても、倒せないまでも追い返すくらいはしてみせます」

「なら、せめてフィオだけでも側に!」

「大丈夫です」

頑として譲らないフィリアさん。どうしてこう、この人は……

「はぁ……わかりました、わかりましたよ……。まったく、頑固なんですから」

「そう拗ねないで下さい。あの子達の事が、心配なんでしょう?」

「ゔっ」

「あなたのその力で、今度はあの子達を守ってあげて下さい。……それにきっと、そうする事があなたのためにもなると思うのです」

深く被っていたままの私のフードを落としたフィリアさんは、そのまま一度柔らかく抱き締めてくれた。するすると髪を梳くようにして撫でる感触が、たまらなく気持ちいい。

「行ってらっしゃい、ユカリさん。そして、必ず無事に帰って来てくださいね」

「……はい」

そうしてそっと私を放したフィリアさんは、温かな微笑みで私を送り出してくれた。どこか震えたような、弱々しさをほんの僅かに含んだ声には気付かないふりをしてカイル達を追いかける。


「――今度こそ、無事に生きて帰って来て下さいね。せめて、あなただけは……。あなただけは、失いたく、ありませんから」

一人残った私室にて、強く強く祈りを捧げる彼女には気付けずに。

2015/03/24
2015/04/21加筆修正
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