[携帯モード] [URL送信]

夜空を纏う銀月の舞
今は、まだ。4

「――さて、説教はこんなところで勘弁してやる」

「あたま痛い……」

「何か文句でもあるのか」

「滅相もないです」

それから約20分。脳天に一撃、シャルチョップ(命名・私)を喰らった私は、ここ最近の船での生活を洗いざらい吐かされた挙げ句、大変有り難いお説教を拝聴していた。
……夜の事はさすがに伏せたけれど。鍛練していないと、どうしたって気持ちが抑えきれなくなってしまうのは許して欲しい。
前世から通して、私の初恋だったんだもん。初めての痛みは、そうそう解放なんてしてくれないよ。うん、察し……てくれなくていいや。同情は欲しくないから。

「しかし、焦り過ぎだと前にも言っただろう。確かに全くの素人ではないとはいえ、お前が塔に引きこもる……5年、だったか?のブランクは簡単に埋まるものでもない」

「う、まだ続くの、お説教。確かにまだ勘は戻りきってないけど、剣術だけでもフィオには負けなくなった」

そう言えば、彼は少々驚いたのか、僅かに反応を示した。

「何?……いや確かにお前達の間にはそう極端な開きはなかったと思うが。あいつは結局本気を見せなかったから正確にはどの程度かわからん。判断に迷うな」

「え。そう、なの?あの子、本気じゃなかったの?」

「いや、そんな気がした、という程度だ。お前の技とクノンの技の記憶が混ざっているせいだと思うが、動きがまるで慣れない道具を持たされたような違和感だらけだからな。終始迷いだらけの動きだった」

……うーん。現役の、それも凄腕の剣士である彼が言うなら、間違いはないとは思うけれど。
でも私の本気に対して、少なくとも手を抜くようには思えないんだけど。同じ相手とばかり手合わせしてるせいか、ある程度のラインを境に実力差はつかず離れず、な感じになってるんだよね。

「……ん……?」

今、何かが引っ掛かった。
でも何が引っ掛かったのかがわからない。

「どうした?」

「……ううん、なんでも」

声をかけられ、返事をする間に感じた違和感が遠くに消えていってしまう。
深く残らないあたり、気のせいだったのかも。

「しかしそうだな……やはりお前は僕が見張っていないと無茶ばかり繰り返す阿呆だからな」

「ちょっと、大分失礼」

「違うとでも言うのか?」

「……チガワナイデスネ」

ぎろりと鋭く視線を飛ばされ、途端に硬直する私。というか、突然何?
正面に立つ彼はゆるく腕を組むと、片手を軽く顎に添えるようにして何かを考える素振りを見せる。

それからややあって、少し俯き気味だった顔を上げて私を正面から見据えると、まるで全く面倒な、とでも言うかのような声音でこんな事を言い出した。その中にはどこか言い訳を見付けた事に安堵するかのような、そんな響きも含まれている。

「仕方ない、か。……おい、これから先、僕が直々にお前を鍛えてやる。光栄に思え」

え。

「何を間の抜けた声を出している。ただでさえ貧弱なお前がこれ以上窶れない程度に剣の面倒を見てやると言っているんだ。オーバーワークで肝心な時に使えないのでは迷惑だからな。僕が制限をかける」

貧弱、は一言余計。
でも、それはつまり。

「これからも、一緒に居られる……そういう、こと?」

「っ…………、このまま放っておいて、知らんところで過労死でもされては目覚めが悪いと思っただけだ!」

期待を込めて問えば、慌てたように返ってくる声。

ああやっぱり、

「やっぱりキミは、とても優しい」

とても大好き。

そう言えたら、なんて。望み過ぎだと自分でも思う。
今の私では、彼の隣には立てない。誰も、守れない。
嫌になるくらいにわかっているから、本当に言いたい言葉は飲み込んだ。

「どうしてそうなる!僕は自分の都合でだな!」

「わかってる。だから、それでいい。どうしても放っておけないもんね、カイル達は」

「――――っ」

「……私がキミの役に立てるなら、"なんでもいい"よ。私じゃ、と――――、……今の私じゃ、きっと彼らを守りきるのは無理だから。だから、キミが助けてくれるのなら、凄く頼もしい」

お願いね、と一つ、ぺこりと頭を下げる。
そうして頭を上げれば、彼はなんとも言えないような、困った顔をしていた。
かと思えば、彼は一歩だけこちらへと踏み出して、私の言葉の意味を問うてくる。
でもそれを説明する気なんてない。
説明する事なんて、出来る筈がない。
だから私は、彼が踏み出した一歩から遠ざかるように一つ、右足を退げて。そのまま右足を軸に、くるりと背中を向けた。

「……私、みんなにキミが一緒に居てくれる事、話してくるね。きっと心配してるだろうし、出来るだけフォローしておくから」

「おい、まだ話は――――」

引き留める彼の声を振り切って、そのまま私はその場を後にする。
きっと、もうファンダリアが近いのだろう。少しだけ冷たくなりだしていた潮風が、無意識に固く拳を握っていた私の手を撫でるように包み、すぐに解けて消えていった。
2015/08/14

[back*][next#]

4/5ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!