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夜空を纏う銀月の舞
今は、まだ。3

「――――どうして僕を信じられる?なにも明かそうとしない僕を」

「なぜって……う〜ん、そうだなあ……。ジューダスが好きだから……だと思う」

隠れつつ二人の会話を盗み聞きしていた私は、カイルの真っ直ぐな言葉に思わずハッとする。
"好きだから、信じられる"。そうはっきりと屈託なく言える人間が、一体この世にどれだけ居るんだろう。
思う事はあっても、簡単に口に出せるものじゃない。……例えば、自分のように。
いや、カイルの言う好きと私の思う好きは意味合いからして違うのだけれど、恋愛的な意味を含まない好意しか持たない相手に対してだって、そうそう言えるものじゃないと思う。

「……好き?」

「好きだから、一緒に居たいって思うし、ジューダスの事、信じられるんだよ」

「僕は、お前に対して何も教えてはいないんだぞ?そんな相手を、好きになるなんて事は……」

一体全体、何故二人してこんなところで話し込んでいるのかをずっと考えてはいたけれど、ここへ来て、漸く事情が呑み込めた。
恐らく、私が居ない所で彼の個人情報への詮索、もしくはそれに近しい何かがあったのかも知れない。
そしてさきほどカイルが言った「一緒に旅を続けよう」というところから、正体を知られる位ならとパーティの離脱でも突き付けてこんな所に来たんだと思う。まるで、身を隠すように。

彼の特殊な事情を思えば、正体をおいそれと口に出す事は出来ないのはわかる。私に話してくれたのは多分、見破られてしまった事で観念してしまったのもあると思う。つい先日までは私にも秘密にしていたのだから。

「――あのさ、ジューダスは相手の秘密、全部教えて貰ったら好きになれるの?」

……え?

それは、と言葉に詰まる彼を他所に、私は自分の胸に何かが突き刺さるような痛みを感じた。
それは、自身の秘密を、自分の生い立ちを彼へと語って聞かせた私への咎めのように聞こえたから。

"近付きたい"、"近付いて欲しい"、そんな我儘を叶えるための手段として、彼に自分の事を話したのではないだろうか。
隠し事はしないから、代わりに私と仲良くして。私を信じて、好きになって。
……そんな計算を、無意識の内にしていたのではないだろうか。

だとしたら私は、とんだ卑怯者で、臆病者だ。
私が彼に秘密を語ったのは、言うなれば対価のつもりだった。そうしたら、互いに引け目を感じる事はないだろうという気遣いのつもりでいた。……でも、

「そうじゃないよね。秘密があってもなくても、関係ないんだ。そいつが、好きかどうかってだけさ。だから、ジューダスもそうだよ。秘密があっても……いや、秘密があるところぜ〜んぶ含めて、ジューダスが好きなんだよ!」

――彼は、カイルは。
カイルは、知っていた。人を信じること、その本質を。そして知っているだけでなく、示す勇気を持っていた。
……ううん、私だって知っていた筈。だって、私は初めて彼と話した時から疑う事を自然と止めていたのだから。
"この人は悪い人じゃない"、そう感じたからこそ、塔へと不法侵入してきた彼をあっさりと見逃した。そうでなければ、他の盗賊達と同じようにあのまま彼を拘束しようとしていたと思う……それが出来たかどうかは別にして。

彼を恋愛的な意味で好きになったのだって、彼の秘密を知る前だった。あんな重い話を、嫌な顔一つせずに受け入れてくれたばかりか、慰めてくれさえした彼の優しさがきっかけだった。
……そう思うと、私が彼に秘密を打ち明けた事は完全な間違いでもなかったのかも知れないけれど……あれ。どうしよう、よくわからなくなってきた。

「カイル……、僕は――」

「それが言いたかっただけ!じゃあね!」

私が過去の自分への判断がつかなくなって混乱している間に、カイルは何かを言いかけた彼を置いてその場から姿を消してしまった。言いたい事を言い終えたらしいカイルが去って行った方向から、機嫌の良さそうな鼻唄が聞こえてくる。

あれ?カイル、骨っこを説得しに来たんじゃないの?居なくならないでって止めに来てくれたんじゃ……?

もしかしたら、カイルの事だ。熱く語っている内に元の目的を見失ったのかも知れない。まだ彼からの明確な返事を貰ってないというのに……、いや。
それが"信じる"という事かも。

"言いたい事は全部伝えられた。きっとジューダスならわかってくれて、明日からも一緒に居てくれるはず。だからもう大丈夫"。

そういう信頼の現れ、なのかも知れない。……まったく、それを意識せずに自然とやってのけてしまうのだから、彼はもしかしたら本当に大物になる資質を備えてるのかもと感じた。

感心半分、安堵半分。カイルの判断を私も信じてみよう、と決めた事で気が抜けた私は、身を潜めた積み荷の木箱に背を預けて一息つく。
その際に、積み荷の上に置かれていたらしい小箱がバランスを崩したらしく床に落ちてしまった。結構な音が響いたが、所詮は外界からの因果を切り離した結界の中での事だ。彼には気付かれはしない。

「……今度は違う、そう思っていた。だが結局は、同じことを繰り返している……。それでも……それでもだ。僕は、仮面を外すわけにはいかない。全てを隠して、やり遂げなくては」

そう独りごちた彼は言葉を一度切ると、何やらごそごそがたがたと音を立て始めた。

?なに、してるの?

ぎし、ぎしり。何かが軋むような音を立てながら、だんだんと下からこちらの方へと登って来ている。

「――さて、お前、こんなところで盗み聞きとは、随分といい趣味をしているな」

にょきり、と私が居る後部甲板の手摺から顔を出した骨っこが、仮面越しにもわかるほどの怖い笑みを携えて下の通路から現れた。

「……え、え?どうして?結界を張って外界から完全に遮断していた筈なのに…?」

「ほう、そんな真似をして身を隠し、何をしていたんだ?そもそも外界から遮断していたならば僕らの会話なぞお前に聞こえる心配はないと思うが……この位置はやはり、僕らの会話を聞くには良い場所だ。――さて、そんな所でまるでコソコソと隠れるような姿勢のお前は、やはり何をしていたんだろうな?」

ひ、ひぃいい。彼が、彼が怖い。

というか、そうだよ。そもそも、結界の中で暴れ回る私達の気配や物音が外に漏れないのと同様、外からの音もこちらには届かない。気配ばかりは感知出来なきゃいざという時には対応出来ないから、術者の私だけにはわかるように式を組み上げてるけれど……彼らの話を聞くのに結界を解除していたのを忘れていた。
その状態で近くで物音を立てれば、勿論彼にだって気付かれる。

「あ、あは、あはははは……」

「笑って誤魔化すな」

「あう、ごめんなさい。話、聞いてました」

素早く姿勢を正して土下座。
びしばしと私に殺気を叩き付けていた彼は、はぁと一つため息を溢して殺気を収めてくれた。

「もういい……聞かれてしまったならば諦めてやる。だから頭をあげろ。……ここ最近、見る度に随分と服がぼろぼろになっているが、今日はまた一段と酷いな。結界を使ってまで、本当に何をしていたんだ?」

「…………」

黙秘。別に変な事をしていたわけではないけれど、"キミの隣に立つために頑張ってましたー"なんて口が裂けても言えない。恥ずかしいし、かっこ悪い。
上に、よく怒られるように無茶をしていた自覚はちょこっとばかりあるので、なんとも気まずい。

「杖が刀になっているな」

「 !! 」

さっ、と背中に隠すが、もう後の祭りだった。

「船に乗ってから殆ど姿を見せなくなったのは、隠れて鍛練していたからか」

「……」

目を、逸らす。フードと仮面の二重の防備の上からでも、彼から向けられる視線が痛かった。

「僅かに見える頬が窶れて見えたのは、やはり気のせいじゃなかったらしいな……」

ぐるんと、背中を向ける。
今更隠しようもないけれど、隠さずにはいられない。一つ一つ突き付けられていく"証拠"の出し方は、まるで犯罪者に対する尋問のようだった。……いや、そういえば彼はそういう仕事をしてたんだっけ、と頭の隅にふと浮かぶ。

「さて、何か申し開きはあるか」

「…………、ご、ご慈悲を……」

恐る恐るゆっくりと振り返る私の視界に映ったのは。いつも使っている二刀ではない、やたらと豪奢な銀の拵えをされた曲刀を振り上げ、いやにいい笑顔を浮かべた骨っこの姿だった――


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