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夜空を纏う銀月の舞
今は、まだ。2

海上をひた走る大型客船・アルジャーノン号。
桃色の花舞う港町ノイシュタットを離れ、雪降る港町スノーフリアを目指してから早くも12日目に入っていた。
「振り落とされるなよ!」と息巻く船長の言とは裏腹に、実は到着予定日をいくらか超過してしまっている。
その理由は7日目から2日ほど続いた嵐が原因であった。
強い雨が船を砕かんばかりの勢いで降り注ぎ、体重の軽い女・子供であれば吹き飛ばされてしまうような強風に煽られ、さらには荒れ狂う高波が大口を開けて船を呑み込まんと襲いかかる。

それでもこの船を操るは、長年を船上で過ごし、海のなんたるかを知り尽くした猛者揃いだ。
ましてつい先日には、海を人生そのものとした者達でもなお恐怖の象徴であったデビルズ・リーフの主を退け、さらには沈没の危機をも乗り越えた奇跡の船を駆る男達。
それらを成し遂げるに大きく貢献した、神話の如き聖女と英雄達を乗せているという誇りが彼らを奮い起たせ、無事沈む事なく嵐を抜けるに至ったのだった。

――と、そんな経緯があって、嵐により規定のルートから幾らか逸れてしまっていた進路を修正しつつ、船は未だ碧原を走る真っ最中。

そしてそんな船の上。先日までの光景が嘘のように穏やかな陽光が照りつける後部甲板では、二人の少女が互いの剣を交え、激しい攻防を繰り広げていた。
ぶつかり響く鋼の音、それの合間を縫うようにして爆裂する轟炎の熱風、さらにそれを斬り裂いて閃く刀の刃。

中空から放たれる小隕石のような火焔球を、きらりと光を弾きながら一本の太刀がまさしく両断する。
その刀身には吹き荒れる烈風が渦巻いており、不可視の真空刃が刀本体を護ると同時に獲物とされた晶術を斬り刻んでいた。

ノイシュタットを出たその日から見られるようになった少女達による戦闘訓練、その光景の一つ。
使用人のようなエプロンドレスを纏う栗色のサイドテール、見た目17歳前後という三歳児・フィオ。
もう一人は、袖口や裾の線に沿うように宝石の粉で描かれた青い紋様が特徴的な漆黒のローブを翻し刀を振るう、ユカリ。
二人によるもはや習慣と化してきた手合わせは、ユカリがフィオの晶術を切り裂いて彼女の首筋へと刃を寸止めした事で一段落とされた。

手合わせを始めた初日こそフィオの方がユカリを圧倒していたものの、今ではすっかりとその立場は逆転してしまっている。
ユカリは荒い呼吸を無理矢理整えながら突き付けていた刀を引くと、抑揚のない声でこんな感想を漏らした。

「……まだ不安定。刀身への固定術式の拘束が弱いせいで威力が集中しない」

「ええー……、私の右手がわりと真っ赤に燃える自爆技・爆熱バーンストライクをぶった斬っておいてまだ不満なんですか……」

「次」……――"討魔の輝き、貫く刃と為せ"――

「渾身のボケはスルーですか……はいはい、じゃあいきますよー。今日こそは気絶する前に休んでくださ――

「シャイニングスピア」

――ひぎゃあああああっ!そんなツッコミはいやぁァアアアアアアッ!!」

……とまぁ、こんな具合である。
淡々と続きを急かすユカリの容赦ない攻撃に台詞を遮られたフィオは、女性にあるまじき悲鳴を上げつつも必死に襲い来る光の長槍を転げ回って回避していく。
しかし回避した先には、見慣れたローブの裾に隠れたブーツの爪先。
慌てて方向転換して振り下ろされた斬撃から逃れ、次いで地面を走るようにして追尾してきた八本の風の刃を涙目になりながら晶力を纏わせた短刀でどうにか弾いて軌道を逸らしていく。

余談ではあるが、この船を破壊しかねない訓練による船体への被害は皆無だ。
フォルネウスと戦った時のように、余波が漏れて傷付けないようにと予めユカリの結界によって後部甲板は保護されているからである。
これはあの時よりもさらに改良・強化されており、内部の音や衝撃までも一切外部へと漏らさないようになっていた。

――とこうして今日もまた、ノイシュタットを出てから続く修行の一日が過ぎていく……筈だった。
不意に彼女らが戦う後部甲板の下方、船の横通路にあたる位置から、ふと覚えのある気配をユカリが鋭く感知するまでは。

「……」

「ユカリさま?どーかしたんですか?」

それまで鬼のような風と雷の斬撃を浴びせられていたフィオは、いきなりぴたりと動きを止めた己の主人に首を傾げた。
電気で焦げたらしい、一房だけ跳ねている自慢の癖毛がスプリングみたいにくるくると渦巻いているのはご愛嬌。

「すこし、休憩。…髪、面白い事になってるから直しといで」

「ふぎゃあっ!?なんですかこのビヨンビヨン!?はまぁいいとして、やっと、やっとユカリさまがご自分から休憩を……っ!嬉しいですけど悲惨な髪のせいで素直に喜べませんっ!複雑っ!!」

「そんなに疲れてたの?……気付かなくてごめん。主人失格」

「いやあの、そういう事じゃ……はぁ、もういいです。髪直してきますぅ……」

頭から飛び出たバネのような毛先をぺよんぺよんといじりながら、肩をがくりと落としたフィオは哀愁を漂わせつつ甲板から姿を消す。
それをフードの下からどこか無感情な目で見送ったユカリは、彼女と話している最中から大部分を割いていた意識の方へと集中する。

――やっぱり、彼。相手は、あの子……か。

結界によりこちら側の気配の一切が遮断されているにも関わらず、ユカリは気付かれないように相手の気配が強い方へと静かに移動をすると、物陰に隠れて聞き耳を立て始める。
元よりユカリ達が修行していた後部甲板は相手が居る場所からは死角に位置するのだが、念には念を入れたようだ。

彼女が感知した気配、話し声は二つ。
一方は純朴を絵に描いたような、金髪の快活な少年のもの。そしてまたもう一方は、纏う黒衣と竜骨の仮面に己を封じ、呼び名とともに過去の罪を受け入れ背負う少年のもの。

二人は何やら、少々揉めているように見えた。……といっても、怒鳴り合いや殴り合いをしているわけではなく、意固地になった黒衣の少年を金髪の少年が宥め説得している、といった格好のようだ。


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あきゅろす。
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