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夜空を纏う銀月の舞
はらり、ひらり。3

――彼女の本気が伝わってくる。

強くなろうという、固い意志が。決意が。

守る強さを身に付けようと、彼女はもがいている。

確かに今は弱い。力をつけ始めたカイル達なら、今の剣士としての彼女にならば何度か手合わせするだけで簡単に勝てるようになるだろう。
だが剣の腕に大きな差こそあれ、その足掻く姿勢はあの頃のあいつを彷彿とさせた。
試合前、常の動きにくそうな服装から一転して変わっていた姿が、あいつに重なって見えて思わず懐かしさに笑みが浮かんだ。……彼女の服の趣味が、あいつの好みに似ていたから。
そして口にした"守りたい"という言葉に、切ない痛みを与えられた。

……わかっているんだ。彼女は、あいつじゃない。別人なんだ。だが、彼女の存在から感じ取れる色々なものが、どうしようもなくあいつに重なってしまう。
仮面の下の素顔が似ているからじゃない、そんなものは些細な事だ。そんな表面上のモノとは別に、もっと本質的な部分で……どうしようもない程、彼女があいつに見えてしまうのだ。

――救い難い、愚かしさ。
自分の中で、彼女の存在が膨らんでいく事に気が付く。惹かれているとでもいうのだろうか?…そんな馬鹿な。
ふざけるなよジューダス、いや、エミリオよ。
あいつにも、彼女にも、そんな不誠実を働くつもりか?
死んだ恋人を置いてのうのうと生き返ったばかりか、それをいいことに今を生きる女に恋人の面影を重ねて見るなどと、どちらにも失礼だろうが。

……いい加減に認めろ。彼女は、ユカリは、蒼羽じゃない。

それにどの道、自分は死んでいる筈の人間なのだ。あの女…エルレインの裁量一つでまた消える程度の、雲のように軽い、不確かな命。
その命は、そう。カイルのために使おうと決めた。危なっかしいカイルを助けるために使おうと。
……そしてみんなを守る、その言葉通りなら、自分が居なくなった後を任せられる人物が出来る事になる。ならば、彼女に託してみるのもまた一興かも知れない。今は力不足であっても、鍛えてやる事でその力を身に付けるのなら。

「ヤァアッ!!」

もう殆ど残ってもいないだろう体力を無理矢理振り絞るようにして、珠のような汗を散らしながら振るわれた斬撃を見切り最小限の脚運びだけで躱す。
空振った事で出来た隙を突いて一撃、二撃と彼女の肌に薄く朱を刻む。女の肌をそうして傷付けるのは男としての良心が僅かに痛むが、剣士として戦う以上は関係ないとその痛みを殺す事にはとっくの昔に慣れていた。戦場には男も女も、子供も大人もないのだ。

…もう先程からは殆どこの繰り返しだった。数十分にも渡り、振るわれた刀を躱し、"その手は悪手だ"と浅い反撃を入れて教えてやる事の繰り返し。
そろそろ、己の攻撃は当たらず一方的にダメージを与えられていく事に心が折れる頃合いだ。
それが例え薄皮一枚程度の傷だとしても、自分だけが傷付いていくという事実は端から見ている以上に精神的なダメージを負う。

改めて彼女の姿を見れば、もう酷い有り様だった。
まともに立つことすらもままならない程、彼女は疲弊しきっている。肩で息をし、手足は震え、構えは崩れて全身傷や泥だらけだ。……それでも、仮面の奥に僅かに覗く蒼い瞳は死んでない。
だが、ここは闘技場だ。衆人環視の中、これ以上彼女に恥をかかせるのは酷だろう。終わりにしてやらねばなるまい。

「お前の決意はわかった。……だがもういい、十分だ」

突進しての勢いを乗せた全力の突きを、やはり半身に捻るだけで回避しつつ上体を沈め、短剣を仕舞い拳を固く握り締める。

「よく頑張った、"ユカリ"」

「ぐっ……ぁ…………」

そのまま突っ込んで来た彼女の鳩尾へと、握り締めた拳を深く沈めてやる事で意識を奪う。気絶し、顔から地面へと倒れ込む前に軽い体を腕に抱き留める。纏めていたゴムが千切れ、バラバラに乱れてしまっている銀髪を撫でるようにして梳いてやり労った。

そうして、約一時間近くにも及ぶ長い試合はついに幕を閉じたのだった。

――眠る彼女を横抱きにして、グラウンドから内部へ続く通路へと入る。すると、待機していた医療係が二人、担架を担ぎ走り寄って来た。
広げた担架に彼女をそっと寝かせ、係に任せてその後ろ姿を見送る。

次の試合は20分後…か。目的は果たしたが、ついでだ。このまま中級まで制覇し賞金をいただいていくとしよう。

そんな風に考えていると、医療係が消えていった廊下の奥から見慣れた長身と金髪がこちらへと走り寄って来るのが見えた。…二人程足りないが、彼女らはユカリの方へと行ったのだろう。

「――っおいっ!てめぇありゃやり過ぎだろうがっ!」

「うわぁ!?ロニ落ち着いてっ」

こちらに着くなり僕の胸ぐらを掴み上げるロニ。カイルはそんな彼に慌ててあたふたしている。

「何をそんなに怒っている。少し落ち着いたらどうだ」

「落ち着けだぁ?ふざけんな!!あんなか弱い女の子相手に、明らかに嬲ってやがっただろうがっ!!そんなのを見て落ち着いてられるか!」

「か弱い?嬲っていた?……フッ、お前にはそう見えたのか」

「てんめぇ……っ!」

振り上げられる拳。気付かれないように、それに合わせ彼の視界の外にある短剣を鞘ごと掴む。

「ダメだよロニっ!!」

カイルが慌ててロニを後ろから羽交い締めにすると、ずるずると二・三歩程後退させて僕との距離を離した。
少し乱れた服を直し、余計な体力を使わずに済んだ事に浅く息をついていると、カイルがロニを押さえ付けながらも話し掛けて来る。

「ジューダス、ごめん。オレもあれは少しやり過ぎだったと思うんだけど…あの相手の女の子、ユカリだよね?」

「それがどうした。…というより、お前も後ろのそいつと同じ意見なのか」

「どうして服が違うのとか、いつもみたいに魔法を使わないのとか、不思議には思ってたけど……ジューダスなら、もっと早く勝負をつけられたんじゃないかなって」

「ふん……」

こいつの目から見ても、そう見えたのか。

「僕はあいつの意志を汲んだ、それだけだ。詳しく理由を訊きたいなら彼女に訊け。……答えてくれるかどうかは知らんがな」

「……、ユカリを虐めてたわけじゃ、ないんだよね?」

「後ろのそいつにはそう見えたようだがな」

「うん、わかった。ジューダスがそう言うなら、オレは信じる」

……!

笑って言うカイルの顔に、スタンの面影が重なる。……本当によく似た親子だと、思わず苦笑いが浮かんでしまう。
そして、誰かと誰かの面影ばかりを見てしまっている、過去に縛られ続ける自分自身にも。
いい加減に、卒業しなくては。こいつらは、あいつらじゃない。
ユカリはユカリで、カイルはカイルだ。

「よし、聞きたい事は聞いたし、オレもユカリのお見舞いに行ってくるけど……ジューダスはまだ戦っていくの?」

「そのつもりだ。闘技場の賞金が思ったよりも良くてな…旅の資金を稼ぐのにちょうど良い」

「そっか、頑張ってジューダス!オレ、応援してるから!」

「本来なら、お前らが出た方が修行にもなって一石二鳥だと思うんだが?」

「うっ…じ、じゃあまた後でねっ」

冗談めかして言ってやれば、カイルは笑って誤魔化しながら、未だに納得がいかないらしい僕を睨み付けるロニを引きずって医務室の方へと向かって行った。

「……ふん、逃げたか…。まぁいい、行くぞシャル。とっとと終わらせて賞金をいただく」

『そうですね。……ふふ、早く終わらせて、お詫びに名物のアイスキャンディーでも買って行きましょう』

何を勘違いしているのか、妙な事を言う背中のシャルに軽く舌打ちしてしまう。

別に僕は、悪いなどとは思っていないからな。


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あきゅろす。
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